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日蓮大聖人・池田大作

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1 心の詩――人間と宇宙の交響  

「カリブの太陽」シンティオ・ヴィティエール(池田大作全集第110巻)

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1  「胸を痛める心」――詩人としての資質
 池田 今回から「詩心の周辺」と題して、詩人マルティの「詩心」に光を当ててみましょう。
 彼の名は、ラテンアメリカ文学史上に燦然と輝いております。しかし、ここでは文学史的な評価というよりも、マルティという一個の世界史的巨人を巨人ならしめている、広大なる「詩心」の周辺を語りあってみたいのです。
 一年前まで、日本ではマルティの詩集は一冊も翻訳されていませんでした。幸い、博士との対談が開始されるのと符節を合わせるかのように、『ホセ・マルティ選集』(全三巻、第二巻未刊)が編まれ、その第一巻『交響する文学』の中で、彼の代表作である『イスマエリーリョ』『素朴な詩』に身近に接することができるようになりました。
 ヴィティエール それは、私のようなマルティ研究者にとって、このうえない喜びです。
 池田 そこで、
 マルティのすばらしい詩の一端も教えていただきながら、対話を進めていきたいと思います。
 ヴィティエール 結構です。ぞんぶんに語りあいましょう。
 池田 マルティの最初の政治的著作とされる『キューバの政治犯収容所』の印象は強烈です。
 マルティは冒頭、ダンテの『神曲』の地獄篇を引き合いに出して、「キューバの監獄こそ真の地獄である。もしダンテがこの監獄を見ていたら、地獄篇は別のものになっていただろう」と書いています。いわば、『キューバの政治犯収容所』は、十八歳のマルティによる“地獄篇”といってよい。
 それは、不正と悪に対する激烈な告発の書であり、身震いするようなリアルなルポルタージュであり、血涙絞る義憤のパンフレットであります。
 しかし、この全編を貫いているのは、若き詩人の満々たる「詩心」であり、ほとばしる人間愛であり、人間の尊厳性を信じるゆえの激怒です。
 ここには、マルティの生涯を貫く、詩心の骨格が堂々と表れていると思いますが、いかがでしょうか。
 ヴィティエール 『キューバの政治犯収容所』に関していえば、マルティの人生に消しがたい焼き印となった体験、すなわち地獄へ堕ちた体験の証言は、弁明であり、言ってみれば連続した「絵画」であり、「詩」です。
 その弁明は、いわゆるスペインの植民地制度の惨状を告発しています。そして民族の魂、スペイン的なるものの真髄、古くからの名誉の概念に直接向けられている、というよりも、向けられようとしているのです。
 池田 なるほど。ところで、
 イギリスの詩人ブレイクは謳いました。
 「他人の悲しみを見て
 悲しくならずにいられようか
 他人のなげきを見て
 やさしい慰めを探さずにいられようか」
 (「他のものの悲しみ」土居光知訳、『ブレイク詩集』所収、平凡社)
 この、人間として自然な感情を、フランスの女性思想家シモーヌ・ヴェイユは、普遍的に「胸を痛める心」と表現しました。
 私は、これは詩人においても不可欠の資質であると思っております。いかに表現の洗練彫琢に意を尽くしたとしても、そこに渾身の心がこもっていなければ、魂なき“抜け殻”にすぎないでしょう。
 ヴィティエール 冒頭、あなたはマルティの詩に対する考察(マルティに関してのみではありませんが)を提示されましたが、それは文学的な評価を行うというよりも、「詩心」という彼の文筆活動に通底する観点からなされたものです。
 「詩心」には“本質的な精神性”というもののみが表れます。これは、シモーヌ・ヴェイユが普遍的に「胸を痛める心」と表現したものです。
 『先キリスト教的予感』や『重力と恩寵』等の著書があるヴェイユを取り上げてくださったことを、たいへんありがたく思います。
 おそらく、私の知りうるかぎり、マルティについて(ヴェイユと関連づけて)行われる初めての言及でしょう。
 アルバート・ノーランも『この男は誰か』(一九七六年)という著書の中で、「胸を痛める心こそ、イエス・キリストのすべての行為を突き動かした本源的な心情である」と述べています。ブッダ(釈尊)に関しても同様のことがいえるのではないでしょうか。
2  詩人の目に焼きついた少年の日の体験
 池田 おっしゃるとおりです。仏教の慈悲や同苦の精神です。その意味では、釈尊の時代の代表的な在家の信者である維摩詰の「一切衆生の病むがゆえに我病む」(大正十四巻五四四㌻)という言葉は、大乗仏教の真髄を言い表しています。
 前にも少々、ふれたことですが、大事な点なので、もう一度確認しておきます。
 H・アルメンドロス氏の伝記によれば、マルティは九歳のころ、名も知らぬ黒人奴隷が鞭打たれているのを見て、悲しみと怒りに震えました。彼は後にこう回想しております。
 「黒人が鞭打たれるのを見たことがある者は、永遠に借りができたと思わないだろうか。私は子供の時、それを見た。そして、いまでも恥ずかしくて、頬の赤みが消えていない……。私は見た。そしてその時、彼らを守ろうと心に誓ったのである」(前掲『椰子より高く正義をかかげよ』)
 一人の黒人奴隷の苦悶は、何の夾雑物もなく、ストレートにマルティ少年の胸を激しく打った。この言葉自体、あふれんばかりの詩心の表出でありましょう。
 彼の偉大さは、終生、こうした「胸を痛めた」衝撃を忘れなかった。否、不幸な人を守り、救うために闘ったのです。
 詩心はあらゆる境界を超えます。幾千万光年の闇を超える光のように、おたがいを隔てるもの、引き離すものを飛び越え、まっすぐに「心」に向かい、「心」を直観します。
 この巨大な「共感力」とでもいうべき、魂の容量の大きさ。そこに、傑出した詩人にして革命家マルティの資質があると思います。
 ヴィティエール “詩的本質”が文学のジャンルやレトリック(修辞)を超えたところにあると考えるならば、『キューバの政治犯収容所』は、マルティの作品の“地獄篇”であると見なすことは当然であり、また正当なことでしょう。
 しかし、さまざまな地獄の刑罰の“圏”を渡り歩く構想を思い描きながら、フィレンツェ人であるダンテは、カトリックの教義のうえから揺るぎない正義として、永遠に繰り返されるあの責め苦を受け入れていました。
 しかし、キューバ人のマルティは、彼自身が証言者であり、犠牲者でもあった極悪非道の不正義を強く告発していました。
 彼のいるべき場所は、“文人”の系譜ではなく、“見者”の(想像力の)燃えさかる火の輪の中にあるといえるでしょう。
 “見者”たるゆえんは、想像力のうえでも事実のうえでもダンテ的な『キューバの政治犯収容所』の中の、子どもの苦しみを描いた一節からも明らかでしょう。
 「――見ろよ、見ろよ。
 恐ろしい笑い声をあげながら、地獄の涙のような、汚らしい天然痘が、こっちへやってくる。カジモドのように片目で、恐ろしい背中の瘤の上に、まだ生きている(リノという名の)子どもを背負っている。
 その子を地面に叩きつけて、まわりをぴょんぴょん飛び跳ね、踏んづけては、空中に投げ上げて背に受け、また叩きつけて、そのまわりを踊りまわり、
 『リノ! リノ!』とがなりたてる。
 そして、リノの体が動くと、その体に足かせをつけて、遠くへ、ひどく離れたところへ、石切り場と呼ばれる深い溝の奥へ、奥底へと押し込むのだ。
 『リノ! リノ!』と繰り返しながら遠ざかる。身を起こすと鞭のしなる音がする。そしてリノは働くのだ。
 ずっとずっと働き通し!
 精神性のいきつくところは神性だ、ということに疑いはない。なのに神が宿っている人間を叩いている人びとは、どこまで堕落していくのだろうか」
3  一読すれば脳裏に焼きつく鮮烈な描写
 池田 博士は、著書の中で「(マルティが)『キューバの政治犯収容所』の中で目の当たりにする絵画――すなわち、胸が引き裂かれそうな現実的かつ詩的な肖像画」に言及され、こう述べられています。
 「ニコラス・カスティーリョやリノ・フィゲレド、ファン・デ・ディオスや黒人のトマス等の肖像画は、皮肉と残虐な風刺に代わって哀れみがあれば、まぎれもなくゴヤ的な絵画となるだろう。恐怖がマルティに善の無敵な実在性を明かすのである。地獄は、神の存在を立証する。ゆえに『神は実在する』と最初のページで繰り返されているのである」と。
 七十六歳の老人受刑者ニコラス・カスティーリョや十二歳の少年受刑者リノ・フィゲレドについての描写は、一読すれば脳裏に焼きついて離れない、まさしくあなたのおっしゃる「現実的かつ詩的な肖像画」そのものであり、マルティの詩的天稟が十分すぎるほどに感じとれます。
 「闇が深ければ深いほど暁は近い」と言われるように、
 「苦悩」を突き抜けて「歓喜」にいたったベートーヴェン同様、マルティもまた、地獄の苦悩の底に、神性の輝きを見いだしていた――まさに“見者”たるゆえんです。
 余人の容易にうかがい知ることのできない魂の葛藤のドラマ――その葛藤が弁証法的に深まりゆくほどに、万人の魂へと伝播し、揺り動かさずにおかない「衝迫力」や「共感力」を放射し続ける人類の精神史のドラマの一端を垣間見、あらためて確認することができたということは、博士、あなたとの対談が私にもたらした大きな喜びです。

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