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4 二十一世紀の国家観――人類こそわが…  

「カリブの太陽」シンティオ・ヴィティエール(池田大作全集第110巻)

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1  “部族意識”ではなく、“人類意識”を
 池田 一九九九年には、有力上院議員や州知事など、アメリカ合衆国の要人のキューバ訪問が報ぜられました。
 また「ニューヨーク・タイムズ」紙(一九九九年十一月十一日付)が「対キューバ禁輸は再考の時に」という論説を掲げるなど、いくつかの注目すべき動きが見られたことを率直に歓迎したいと思います。“一衣帯水”の両国が、いつまでも敵対関係を続けていてよいはずがないからです。
 さて、私の友人であり、“アメリカの良心”と呼ばれた故ノーマン・カズンズ氏は、こう述べています。
 「単にアメリカだけでなく、世界の大部分における教育の大きな失敗は、教育が人々に人類意識ではなくて、部族意識を持たせてしまったことである」(『人間の選択』松田銑訳、角川選書)
 閉ざされた“部族意識”ではなく、開かれた“人類意識”をこそ育んでいかなくてはならない――。これは今日、最重要の人類的課題の一つでありましょう。
 マルティの次のような断章の数々には、人類意識というか、いまだ見ぬグローバリズム(地球的な視座をもつこと)の曙光への熱望があふれております。
 「民族があるのではなく、人間が、その習慣や形態の上で微妙に多様であるだけなのです。気候の条件が様々であろうが、たどる歴史が異なっていようが、その本質と独自性は変わるものではありません」
  「私は何をすべきか?
   〔人びとを〕結束させ、準備して、待つべきだ!
   黒人と白人を、海の彼方で生まれた人々を
   ここの人々と結ぶのだ」
 「人間を分けたり、限定したり、切り離したり、囲いに入れたりすることは、すべて人類に対する罪である……平和は自然の共通の権利を求める。自然に反する差別の権利は平和の敵である。(中略)人間とは白人、混血、黒人を越えたものであり、キューバ人は白人、混血、黒人を越えたものである」
 「真の人間とは、黒人にせよ白人にせよ、誠意と慈愛を持ち、価値ある行為を喜び、生まれた国を尊ぶことに誇りをもって、黒人もしくは白人を遇する」(以上すべて前掲『椰子より高く正義をかかげよ』)
 ヴィティエール あなたが取り上げられたノーマン・カズンズの思想は、疑いようもなく、マルティの人間主義の系列に属するものです。
 マルティはフェデリコ・エンリケス・イ・カルバハルに宛てた、「政治的遺書」(一八九五年)といわれる手紙の中で、次のように言っています。
 「高い見地からものを見、
 民族あるいは人類としての心の底からものを考える人びとは数少ないものです」(前掲『キューバ革命思想の基礎』)
 しかし、一つの重要なニュアンスの違いがあります。マルティは、祖国・国籍・国家(“部族意識”よりかなり大きいものですが)と人類(“人類意識”)との間の矛盾を強調しているのではなく、むしろ両者の間には弁証法的関係がある、ということを提起しているのです。
 池田 先の語らいで、エドワード・W・サイードがマルティを賞賛して「その民族主義のゆえに、彼らの批判的見解に手心が加えられることはなかった」(前掲『知識人とは何か』)と述べていることにふれました。
 つまりマルティは「祖国」に奉仕し続けたが、民族主義がともすればおちいりやすい閉鎖的意識を相対化する視座を、つねに持ち続けていた。
 そこから、祖国と人類との間に緊張感をはらんだ「弁証法的関係」が生じる――ということですね。
2  自分にもっとも身近なものから始める
 ヴィティエール そのとおりです。その弁証法的関係については、マルティは、すでにキューバへの最後の旅の少し前に、次のような言葉で説明しています。
 「自分がこのようにして何かの営みをせざるをえなくなったとき、自分にもっとも身近なものから始めるべきである。それが自分に関するものだから、あるいは他人とは関係ないものだから、というのではなくて、むしろそのほうが人間としてよりよい、より自然な波動をおよぼしていくことができるからである」
 「より自然な」――ここが大切なのです。
 マルティは、こう続けています。
 「自分がよりよく知っていること、自分の喜びとか悲しみとか、身近に感じていることから始めるべきなのだ。このような身近なことから、真に祖国を感じとることができるのだから。祖国というものは、ぼくたちがもっと身近に見ている人間の一部であり、たまたま縁あってぼくたちの生まれた場所なのである。
 われわれは、キリストの名をかたった無用の君主制や腹黒い宗教、恥知らずで物欲に支配された政治を擁護すべきではない。このような過ちがしばしば祖国という名のもとで行われているが、人間はもっと身近な、自分のもって生まれた義務を遂行することを拒んではいけないのである。これは光であり、だれも太陽から逃れることはできないのである。それが祖国だ」
 池田 「自分にもっとも身近なものから始める」ということは、民主主義を考えるうえからも大切な視点です。
 アリストテレスは、“国家がまともに機能するには、全市民が一人の人間の声が聞こえる範囲に住んでいなくてはならない”(趣意)と言っています。声が聞こえるというのは、ある種の比喩でしょうが、民主主義の基盤をなす同胞意識といっても、ストア学派の「四海同胞の世界市民主義」のように所与のものとしてあるのではなく、まず「身近」から形成されていかなければならない、ということでしょう。
 事実、直接民主主義の祖型といわれる古代ギリシャのポリス(都市国家)などにしても、アテネ(アテナイ)やスパルタのような例外は除き、せいぜい数千人程度の規模にとどまっていました。
 人間の同胞意識というものは、なかなか、それ以上の広がりをもつことが困難なようです。
 恩師の戸田城聖先生も、青年たちに対し「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」(『戸田城聖全集』1)と、「身近」からの変革を訴えておられました。
 ヴィティエール なるほど、よくわかります。
 ですから、私がまとめた「アーノルド・トインビー教授と池田大作博士の対話に関するマルティ的解読のための覚え書き」(トインビー・池田対談『二十一世紀への対話』へのヴィティエール博士の覚え書き)の中で、先のマルティの言葉を引用したあと、私は次のような所見を書き記しました。
 「――明らかにマルティは、不健全で攻撃的なナショナリズム(国家主義)の危険性に対する危惧をもっていました。しかしながら、植民地化された国の状況は、政治的な解放で事足れりとするのではなく、自分のアイデンティティー(自己の拠りどころ)というテーマに対して、異なった次元からの衝迫性をもたらしたのです。加えて、キューバの場合、今なおアイデンティティーを守っていかなければならないという課題を背負っているのです。
 (ストイック〈禁欲的〉な理想によれば)“世界市民”になるためには、まずこの世界に居場所を確保しなければなりません。トインビー教授は対話のなかで、主権国家であることを主張している小国について、しばしば言及されています。
 キューバのホセ・レサマ・リマという詩人は、国の歴史を動かす駆動力は国の広さによって決定されるものではなく、その国の保有する生命力、
 精神的膂力(筋力、腕力)によって決定される、と言っています。
 いずれにしてもマルティ的愛国心を『われらのアメリカ』において彼自身が厳しく批判した『世間知らずの田舎者』のもつ盲目的愛国主義や、共同体としての自己中心主義と混同してはならないと思います。私たちのもっとも偉大な愛国者であるマルティは、『人間の最大の幸福を求めて』生き、そして死ぬことを私たちに教えてくれました」
 それは、あなたが先にふれられたような、人類社会における普遍的な人間なのです。
3  “世界の均衡”を確保することの必要性
 池田 二十一世紀は、さまざまな紆余曲折を経ながらも、世界が一体化の方向へ進むのは必定でしょう。
 そのさい、「祖国」や「民族」に対するマルティのスタンスは、新たな世界秩序が安定したものになるかどうかの生命線といえます。
 というのも、世界秩序形成の過程で、「大国」と「小国」、「中央」と「周辺」のバランスをどうとるかということが、おそらく、世界史的アポリア(難問)として浮上してくることは、だれの目にも明らかだからです。
 「小国」「周辺」からのアプローチを忘れてしまうと、たとえば国連(国際連合)などにしても、その機能を強化することが、国連に名を借りた大国の世界支配の異名にすぎないといった事態さえまねきかねません。
 サイードのように、数々の歴史的な辛酸をなめてきたパレスチナのような「小国」「辺境」出身の人々には、
 そのへんの事情、矛盾が、骨身にしみて理解されているにちがいありません。
 だからこそ、マルティの民族主義のおびている健全性をつゆ疑わず、そこに、知識人という存在の意義を見いだしているのです。
 ここでは、もう一つ、同じく「小国」「周辺」であるスイスの思想家ヴェルナー・ケーギの一文を紹介してみたいと思います。
 「けだし一つの世界、甲の形にせよ乙の形にせよおそらく我々の未来を成すであろう一つの世界、この一つの世界も、故里という細胞群――精神生活が東でも西でもその都度その都度栄えた細胞群――が健康を維持する限りにおいてのみ生きうる」(『小国家の理念歴史的省察』坂井直芳訳、中央公論社)と。
 「小国」「周辺」を無視あるいは軽視した世界秩序など、死せる世界、死せる秩序にすぎません。
 ヴィティエール おっしゃるとおりです。マルティは、そのような考察を行っていくなかで、別の重要な配慮も忘れてはおりません。それは「国家」です。
 狂熱的ナショナリズムの道具として、法的・政治的・経済的・軍事的に、世界平和を妨げるもっとも大きな要因として存在するのが国家です。
 マルティは巨大な国家の危険性を予感し、“世界の均衡”を確保することの必要性を説きました。それは唯一の大国の覇権をさけることによって可能になる、と主張しました。
 それゆえマルティは、一八八九年から九〇年に第一回米州諸国会議が開催されたさいに、イギリスとの歴史的に長い経済交流を維持したい、というアルゼンチン代表の主張を支持したのです。
 世界における“大国”の存在がさけえないものである以上、
 それら大国間で均衡がたもたれているのが望ましい、と考えていたのです。
 池田 列強が牙をむいているなか、したたかに生きのびていくための一つの知恵ですね。ニュアンスの違いこそあれ、日本も、明治の開国のさい、列強の植民地主義の牙から逃れるため、先人がずいぶんと苦労しました。
 また一九九一年のソ連邦の崩壊以後を、キューバの人々が“特殊期間”と名づけ、大国間の均衡の崩れを、たいへんな危機意識をもって受けとめておられる理由も、よく理解できます。

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