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日蓮大聖人・池田大作

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ウパニシャッドへの発展の起因  

「内なる世界 インドと日本」カラン・シン(池田大作全集第109巻)

前後
1  池田 インド思想は、西暦前六世紀ないし前五世紀のウパニシャッド哲学によって、それ以前のヴェーダ時代には見られなかった新しい展開を示しました。すなわち、いわゆるヴェーダ時代の特徴が、神を祭り讃えて豊饒や幸運を祈る儀式の執行にあったのに対し、宇宙の根源は何か、人間の本質とは何なのかといった問題に取り組むようになったことが、この変化の特色とされます。
 このような思惟主義が、なぜ、この時期に現れたか、何がこうした変化を促したのか、私は、この背後にあったものを知りたいと思います。
2  カラン・シン ウパニシャッドは別名「ヴェーダーンタ」ともいいます。その意味は二つあり、まず、成立年代的には各ヴェーダ聖典の最終部分にくるということ、いま一つは、ヴェーダ聖典の思想内容の本質を表現したものであるということです。
 しかし、忘れてならないのは、ウパニシャッドはヴェーダ聖典の必然的集大成であって、決してその思想的伝統から大きく逸脱したものではないという点です。ウパニシャッドにおいて見事な展開をみた思考・概念も、その多くが初期ヴェーダに源流を求めることができます。たとえば『リグ・ヴェーダ』のとくにすぐれた創造讃歌(X―129―1/7)は、哲学的見解を叙述したもので、世界の宗教文学の最高傑作の一つといってもよいでしょう。ですから、ヴェーダが、もっぱら豊饒と幸運を祈る生贄の儀式の執行にかかわるものであったと断定するのは、正確ではありません。
 事実、シュリー・オーロビンドが、その直感を駆使したヴェーダ注釈書の中で指摘しているように、インド思想のなかで当初から一貫して優位を占めてきた偉大な概念は、すべてヴェーダのなかに見いだすことができます。ただ、たぶんに象徴化されている場合が多いので、その隠れた意味が秘伝を受けた者にしか理解できないのです。ウパニシャッドは、これらの諸概念を知的な用語で表現したものといってよいでしょう。
3  池田 ヴェーダにもその萌芽があったことは当然です。それはそれとして、ウパニシャッドが一つの大きな飛躍であったことは事実です。
 たとえば、こうした人間精神の飛躍や変化を説明するのに、生産力の増大とそれによる非生産階級の出現を挙げる唯物論者もいます。たしかにそれも、一つの条件ではあったでしょう。もし、生産力が低く、すべての人がみずからの衣食の欲求を満たすための作業に専念しなければならないとしたら、深遠な形而上学的な問題を考えるなどということは不可能かもしれません。
 インドのウパニシャッド哲学が誕生した背景にも、農業等における技術革新が行われ、生産力が飛躍的に増大したことが、一つの要因になったと考えられます。
 しかし、人間は余裕が生ずれば、そうした思惟に打ち込むとはかぎりません。現代の先進社会は、古代インドの社会とは比較にならないほど物質的に豊かであり、時間的余裕にも多くの人が恵まれているはずであると思われますが、残念ながら、そのような社会に属する日本の現状を見ても、高度な哲学的思惟に心をかたむけるというよりは、余暇をいかに楽しむかといった刹那的風潮も強いようです。
 インドのウパニシャッド哲学の発祥とほぼ同じころ、同じアーリア民族を祖先として枝分かれしたギリシャ人は、ソクラテスやプラトンを生みだしています。このことからも、本来、アーリア人には、形而上学的な問題を志向する特徴があったのではないかと思われてなりません。
 アーリア人の故地としては、南コーカサス地方とする説や北欧とする説があり、特定はできませんが、いずれにせよ、風土や、それに対応して営まれた生活・社会形態が、そのような素地を養う働きをしたとも考えられます。
 そうした故地での生活が数万年に及んだとすれば、彼らのインド亜大陸やバルカン半島への移動後、今日にいたる三千年間よりも遥かに長いのですから、この故地で刻み込まれた特質がより強いことは十分にうなずけるところです。
 このようにして、長い年月にわたって性格や考え方の基礎的な特質が形成され、それが経済・社会的な条件によって開花したとみることができます。インドにおけるヴェーダ時代からウパニシャッド時代への発展は、このようなものであったにちがいないと私は考えています。
 しかし、その最初の基礎的特質がどのような条件のもとに形成され、その開花が何によってもたらされたか、それはインド以外の世界と無関係になされたのか、あるいはなんらかの影響を受けてなされたのか――。これらの点については、定説は立てられない諸問題でもあろうかと思いますが、博士ご自身はどのように考えておられるでしょうか。

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