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日蓮大聖人・池田大作

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第十八章 環境保護か経済成長か――チリ…  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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1  池田 「環境問題」は、人類共通の挑戦であり、今、全力をあげて取り組まねばならない課題です。
 貴国においても目覚ましい発展にともない、大気や河川の汚染が深刻な社会問題になっているようです。とくに首都サンティアゴでは、車の排気ガスや産業排気ガスが、しばしば厚いスモッグとなっておおい、アンデスの岩肌をも隠すほどであるとうかがいました。慢性呼吸器障害もふえていると聞いています。
 エイルウィン 実際のところ、環境に関してチリは深刻な問題に直面し、大胆な取り組みを必要としています。
 あなたがおっしゃられるように、大気汚染はサンティアゴを日の差さない、一年の大半が暗い灰色のスモッグにおおわれた町にしてしまいました。住民たちの健康にも深刻な害をおよぼしています。
 三十年前にはサンティアゴは、まだよく日の差す町で、街の通りや家のテラスから一年の大半の間、雪を頂く気高いアンデス山脈を眺めることができました。しかし今日では、その眺望を楽しむことができるのは風にスモッグを取り除かれた日だけで、運が良くなければ見られません。
 サンティアゴの町は、アンデス山脈の支脈まで膨張してきています。麓にはたくさんの工場が建てられ、いずれの通りもバスや自動車やトラックでいっぱいです。周囲を丘で取り囲まれた盆地の町ですから、汚染粒子や飛散物質が町中をおおってしまい、太陽をさえぎり、大気を暗くしているのです。
2  汚染されていない環境で暮らす権利
 池田 現在、サンティアゴには国家の人口の三分の一である四百五十万人が住んでいるそうですね。より高い賃金を求めての地方からの人口流入は、都市の過密化を促進させ、失業者の増加、住宅不足など、貧困の堆積とスラムの拡大をもたらす一因となり、環境を悪化させる。このような悪循環の現象はチリにかぎらず、ラテンアメリカ諸国でも、世界の各地にも同様に発生していると思います。
 エイルウィン ええ。五百万の人口に近づきつつあるサンティアゴは、ご指摘のとおり、たいへんに深刻な課題をかかえています。しかし、この都市だけがチリで唯一の環境問題をかかえている都市ではありません。大きな鉱業精錬所や工業施設のある近隣の都市でも、大気汚染現象に悩まされています。
 また一方では、沿岸に住む住民、ならびに工場が排出する廃棄物や漁業にともなう汚染などにより、河川、湖あるいは海岸の水質汚染が深刻化してきています。農村地帯では、これまで広大な森林や草原だった土地の破壊が問題となっています。
 ですから、ここ数年ほどで国民の間に環境保護の意識が形成されてきました。一九八〇年に制定した憲章で、あらゆる人々が“汚染されていない環境のなかで生活する”権利と、“この権利が侵害されないよう監視し、自然保護を推進する”国の義務とが、すでに認められています。
 これをうたいあげた宣言を実現するため、私は在職中に環境問題への取り組みとして一つの法律を定めました。その規定では、経済活動および都市開発における人間の健康と自然の保護の義務が明確化されています。
 この法律の規定とともに、ここ数年間にサンティアゴでも、他の都市においても、水および大気の汚染をなくすための政策がとられています。最近、ますますわが国では環境問題に対する配慮がなされるようになってきています。とりわけ新世代に、そのような傾向が強くあります。
 池田 一九九二年、ブラジルのリオデジャネイロで、「地球サミット」(環境と開発に関する国連会議)が開催され、全世界から約百七十カ国の代表が参加し、環境保護に関する協議が行われました。
 会議では、環境破壊を先進工業国の責任とする開発途上国と先進国間の対立が、あらためて浮き彫りになりました。しかし、政治的立場の違いを超えて、人類が環境問題への本格的な取り組みを開始したという点では、歴史的な会議であったと評価すべきでしょう。こうした環境への関心の高まりを、一時のブームに終わらせてはなりません。
 私は環境問題においては、豊かな自然と資源を有し、一方で多くの犠牲を強いられてきた立場から、ラテンアメリカ諸国が世界をリードし、解決へのイニシアチブ(主導権)を発揮していくべきであると期待しております。「地球サミット」が開催された意義は、そこにこそあると思います。
  
 チリの環境問題への取り組み
 エイルウィン このサミットにチリも積極的に参加し、その取り決めの遂行に責任をもち、しっかり取り組んでおります。
 今日、人類に害をおよぼしている深刻な環境問題、たとえばオゾン層破壊、生命の種の保存などは、たいそう取り組みがいのある重要なテーマです。しかし、チリのような小国はごくわずかなことしかできないと思います。
 主として責任を負うべきなのは、歴史的に見て、このような問題を引き起こしてきた開発大国で、私どもの立場からは、このような開発大国の国々は、地球サミットの取り決めや勧告を遂行する熱意が十分でないように見えます。
 いずれにしても、チリ国民は精いっぱい、私たちの役目を果たしていきたいと思っております。チリでは、工業、エネルギー、都市計画、交通、あるいは環境に影響をあたえるいかなる事業も、新しいプロジェクトはすべて、おのおの該当する役所において環境にあたえる調査をあらかじめ受けなければなりません。また、私たちはチリの都市の空気や、海岸や河川や湖の水の浄化に取り組み始めています。これから先も、この取り組みが続くものと思われます。
 池田 おっしゃるところの開発大国の責任は、いうまでもありません。
 また、環境問題では協力こそ大事です。貴国と日本、南米と日本とは、さまざまな環境プロジェクトで協力しています。今後、さらに両者の間でどのような協力が可能でしょうか。
 エイルウィン 私どもの努力に対して、世界の先進工業国が行ってくれる協力は、とりわけ重要です。日本の場合、現在、国立環境問題研究所の設立に協力してくださっています。
 環境という視点から見れば、環境開発にとってブレーキとなりうる諸問題を解決する経験や技術を、チリは必要としています。公害防止のための工業処理とその技術、危険物や毒素を含んだ廃棄物の処理センター、節水技術、天然資源を工業化するにあたっての処理、豊富な環境情報の提供と、モニター・システム(調査機構)、リサイクルおよび大型廃棄物の処理などです。
 これらに対する取り組みが、環境問題に関する協力のなかで、とりわけ必要とされているのではないでしょうか。
 また当然のことですが、基本的研究(たとえば気候、水資源、生物発生、地球物理メカニズムなどの面について)をする研究者や技術者のトレーニングや養成、共通する経験を相互交流させるプログラムの推進が重要です。いくつか具体例をあげますと、地震や洪水の被害の軽減や、情報管理や処理などです。他の大きな分野は、包括的な取り組みと関連しています。たとえば、大気圏の温暖化やオゾン層の消耗などは、このような状態を引き起こした原因に対処するための、監視装置や代替の促進が問題の中心面となるでしょう。
 日本の経験は、このような取り組みのいくつかを解決するにあたり、たいへん大きな意味をもつことでしょう。チリの経験も、世界の他の地域における類似した問題に取り組む場合のモデルとなりえます。私たちと同じような国々に対して、具体的な事実をもって持続可能な開発がなしうることを示せるでしょう。
3  いかに環境保護と開発を統合するか
 池田 前の会談のさい、あなたは、「チリの環境問題解決の鍵は『環境保護』を『経済成長』と調和させることにある」と指摘されていました。これは、貴国ばかりでなく地球全体の環境問題を克服するための、メルクマール(指標)であると思います。
 一九九二年の「地球サミット」で焦点となったのも、環境と開発を統合する理念としての、「持続可能な開発」という点でした。また、ローマ・クラブも、最近の報告書(一九九一年)の中で、「『環境保護』と『経済成長』、『開発』と『もっと公正な世界秩序』の建設、の間に適正なトレード・オフを求めることは、世界をより安全な場所にすることにつながる」(アレキサンダー・キング、ベルトラン・シュナイダー『第一次地球革命』田草川弘訳、朝日新聞社)と、その重要性を指摘しています。
 エイルウィン 私としては、国の開発について話すときには、経済面同様、環境、政治、社会、文化、精神のそれぞれの面についても、人間生活の質を決定づけているあらゆる局面を含んでいると考えます。
 経済という側面では、開発は住民の所得によって評価されます。環境保護、あるいは環境面では、自然への配慮や留意、環境保護や天然資源の回復による評価です。政治的側面では、以前(第七章)、論じあったように、人権が守られているかどうかです。その結果として当然、自由と平和のなかで民主的に共存することが守られているかが評価されます。
 社会的側面では、真に人間的な生活の質の高さを、全員が実際に享受しているか。食料、衣服、住居などの基本的必需品について満たされているか。効果的な教育や福祉の便宜を受けているか。適切な基本的衛生施設を備えているか。比較的安定した、割の合う報酬が得られる仕事に就いているか。家庭生活をいとなむために必要な用具が整っているか。老齢期のための保障が用意されているか。娯楽のための余暇があるか――。これらの点が評価されます。
 開発の文化的・精神的側面については、人類が人間としてその能力をやしない、優れた本質的な才能を鍛えることが可能となり、美徳の実践――真実を尊重し、他の存在を愛し、正義を切望し、事実の究明――が可能な、科学や技術の進歩と一致した知識の普及をめざしたいと思います。
 池田 現在、先進工業国の間には深刻な環境破壊が経済の停滞につながると考え、環境保護に経済力をそそごうとする機運も見受けられます。なかには“エネルギー開発は環境の敵である”といった、環境保護を絶対視する極端な主張もあるように思われます。
 しかし、第三世界にあっては、みずからの資源を開発することなく、深刻な貧困問題を克服することはできません。そのため、これらの国々では経済成長こそ緊要な問題であり、環境保護を二の次とする傾向もうかがえます。それでは、いずれ豊かな資源を枯渇させてしまいます。

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