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日蓮大聖人・池田大作

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第十七章 チリにみる「人生地理学」――…  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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1  池田 私たちはチリと聞くと、南北四千キロメートルにわたって細長く延びる、あのユニークな国土を思い起こします。
 雪を頂くアンデス山脈は、海岸線のすぐ近くにまで迫っています。そうした特異な国土のため、貴国はじつに多様な気候区分から成り立っている。たとえば、北には四百年もの間、降雨が記録されなかったという世界的な乾燥地帯があるかと思えば、南には氷河が広がっている。
 また、中央の渓谷では、アンデス山脈から流れ出た川が温暖な一帯をうるおし、穀物・果実等の豊かな恵みをもたらしています。その息をのむような景観は、“南米のスイス”と言われておりますね。
 エイルウィン おっしゃるとおり、チリの風土を特徴づけているのはその多様性です。北の砂漠、高原地帯の草原、イースター島の亜熱帯気候、南の冷たい雨と森林、中部地方の地中海性気候、雪を頂いたアンデス山脈地域、南極大陸の永遠に解けることのない氷……。
 チリの多様性を理解するための手っ取り早い方法は、アフリカやヨーロッパにチリの領土を重ねてみることです。それら全体とチリの自然環境は、まったくといっていいほど類似しています。ただし自然環境の配置が、ヨーロッパとは逆方向なのです。
 しかもこの多様性が、チリの領域をなぞるただ一本の線のなかに含まれているのです。
 その長さと細さ――地理の教科書はわが国を、南アメリカの果ての太平洋とアンデス山脈に挟まれた細長い帯のような形に、くっきりと浮かびあがらせています。私たちの国は山と海に囲まれていますが、国民の大多数は小山や海岸の間に多くある渓谷地帯に住んでいるのです。
2  世界的詩人を生む自然環境
 池田 貴国のノーベル賞詩人ガブリエラ・ミストラルは、貴国の多様な自然環境を次のように語っています。
 「チリはしばしば“石の櫃”と呼ばれるが、アラビアの物語に出てくる蓋付きの大箱と同じようにこの長細い財宝を覆い隠しているのだ。だから、この国の分類はとても難しい」(『ガブリエラ・ミストラル詩集』田村さと子編訳、小沢書店)
 また、密林に囲まれた地テムコで少年時代を過ごした貴国のもう一人のノーベル賞詩人パブロ・ネルーダは、その創作の原点を密林の大自然にあるとして、こう記しています。
 「チリの森を知らない者はこの惑星を知らない。あの奥地、あのぬかるみ、あの静寂から、私は、歩き回り世界のために歌を歌いに出て来たのだ」(『ネルーダ回想録』本川誠二訳、三笠書房)
 チリは、詩をこよなく愛する「詩人の国」としても有名です。今あげたミストラルやネルーダなど、世界的詩人を生んだことでも知られています。私は、チリの民衆の詩心も、豊かな自然と決して無縁ではないと思います。
 エイルウィン 私たちチリの国民は、多面的な自然の枠組みのもと、かくも変化に満ちた周囲の状況があたえてくれる可能性を、その活動に吸収しながら形成されてきたのです。そんなふうにして、ノルテ・グランデ地方の鉱山労働者たちや、北部のアンデス高地に住む先住民族の農民や牧童たち、ノルテ・チコ地方の渓谷流域に住む牧草地の共同所有者や農民、中部地帯の田園の農民、セントロ・スル地方の製材業者や農園経営者、チロエ群島の漁師、最南地域の羊牧場などが出現したのです。
 当然のことながら、地理的環境がいちじるしく異なっているという特徴は、住民の習慣や生活様式に反映されます。たとえば、アタカマ砂漠における水を確保する日常的な活動は重要です。中部地方では収穫の労働は、色とりどりの祭りのなかで行われます。また、家畜の群れを追う姿は、セントロ・スル地方の風景に独特の味わいをあたえていますし、最南地域の凍てついたステップ(樹木のない大草原)は大規模な羊牧場地帯なのですが、その地方では寂寥感と風が人間の伴侶なのです。
 もちろん、生活は自然があたえてくれる、あるいは可能にしてくれるものに大いに順応していきますから、地理的環境は、そこに住む人々の習慣や食事や服装に影響をあたえています。
3  「人」と「地」の相関性
 池田 地理学者でもあった牧口初代会長は、気候・地理などの環境が、そこに生きる人間の気質、特徴、思想、文化などに強い影響をあたえるとして、その独自の思想を『人生地理学』の中で、展開しております。つまり「人」=人間、さらにはそのいとなみである人生と、「地」=地理、自然環境との相関性を、つぶさに論じたのです。
 また著書の中で、すべての人はそれぞれ「郷土民」であり「国民」であり、「世界民」であるとしています。そして郷土を観察する重要性を指摘し、教育の場における「郷土学」ともいうべきものの確立を提唱しています。自分たちの住む郷土の川や山、海を観察し、その歴史、人々の生活とのかかわりを知ることは、やがて敷衍して国を、世界を観察し、知ることに役立つとしたのです。
 つまり郷土から国や世界を見て、人と地の関係を知り、そして国や世界から郷土を振り返る。この往還のなかから、郷土を知り、世界を知ろうとした。グローバルな心を育みながら、たがいを理解し、国と国との信頼を醸成していくことが大事であると主張したものです。このこと自体、偏狭なナショナリズムにおちいらず、つねに世界に視点を置いていたことが分かります。
 そうした観点からおたずねするのですが、あなたは、チリの多様性に満ちた環境が、貴国の文化・社会の発展にどのような影響をあたえているとお考えなのでしょう。
 エイルウィン まず、私の考えでは多様性が国の文化的調和を乱すようになっているとは思えません。チリの全国民が、スペイン語という同じ言葉を話しますし、いくつかの特有な言い回しを除いて同じアクセントで発音しますから。そして、しっかり根づいた愛国心が、チリのあらゆる人々の絆としてあるのです。その目に見える形のものとして、国家のシンボル、国旗や国家に対する敬意や、毎年、祖国の独立を記念して行われる“国の祭典”の祝賀などがあります。
 これまでの中央集権主義的体制では、地方の住民たちは首都のサンティアゴにたえず注目することが必要でした。最近、こうした体制を改めようとの動きが出始めています。ほんの少し前まで、教育制度もいちじるしく中央に集中していて、新しい世代に画一的な思考や意見を教えこんでいました。

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