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日蓮大聖人・池田大作

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はじめに  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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1  〔対談者略歴〕
 パトリシオ・エイルウィン・アソカル(Patricio Aylwin Azo’car)一九一八年、チリ共和国ビニャ・デル・マール市生まれ。「正義と民主主義」財団総裁。国立チリ大学法学部教授、国連総会議長、上院議長等を歴任。「キリスト教民主党」創設者の一人。十六年半続いたピノチェト軍事独裁政権に終止符を打ち、九〇年三月、大統領に就任(在任九〇年―九四年)、軍政から民政移行を実現。退任後も貧困の撲滅と社会公正、環太平洋問題に献身的に尽くす。主な著書に『チリの民政移行』『公正を保った成長』『倫理と政治』他。
2  対談にあたって(パトリシオ・エイルウィン)
 私どもの対談が、日本のみならずラテンアメリカの読者の興味を喚起し、双方の民族がよりいっそう知りあえる契機となることを願っております。
 数世紀の間、アジアとラテンアメリカの民族は実際によくおたがいを知りあうことがありませんでした。その背景には、物理的な距離や文化的な相違が双方の民族を疎遠にしてきた点もあります。私たちは、今や人類の歴史の新たなる段階――つまり遠距離通信と輸送機関の計り知れない進歩が距離を短縮しているのみならず文化をも接近させている時代――を生きております。
 そして、わずか前の時代まで私どもを隔てていた広大な太平洋が、今では双方を結合させる共通の要素にもなっております。
 そのような意味で、私どもの対談を「太平洋の旭日」と名づけられたことは、まさに池田大作博士の英知であります。数世紀にわたり、人類の歴史は、地中海と大西洋の近隣地域に根を張った民族に優先的に集約されていました。
 近年にいたり、日本を端緒とする太平洋沿岸のアジア、および同じ海岸の沿岸に位置する南北アメリカ大陸の西海岸の民族の影響と重要性が漸増してきております。この事実は、新たなる歴史の時代に人類の黎明を特色づける徴候の一つであると言えると思います。
 池田博士と知己になり、たがいの思想や経験について意見を交わすことができましたことは、私にとりまして、まことに価値の高い豊饒たる経験となりました。私は池田博士が広漠な文化の人であり、信念の深さと堅固さをもたれており、そして世界的な規模における文化と和平の推進のために比類なき行動を展開されていることに対して、心からの賛嘆をおぼえます。
 たがいに人間形成の背景がさまざまに異なっているにもかかわらず、双方の関心事や考え方の点において、意見の一致をみる頻度が高くかつ多くの類似点があることは、私にとりたいへんに興味深く、満足を感じております。
 これらのことは、私の観点からみれば、人類が一つになっているからであるということで説明がつくように思います。
 人類は老若男女を問わず、出生した大陸や民族がどうであれ、話す言葉が何語であれ、肌が何色であれ、人間としての尊厳と真実のなかに築かれた平和への希求と同様に、それぞれがおのおのの要求と願望をもち、また自由と正義を求めております。
 この対談の日本語版が出版されるとき、日本とチリとの最初の公式協定である「日本・チリ修好通商航海条約」が締結(一八九七年)されてから今年で百年の佳節を迎えることが周知されることでありましょう。それは私にとり、まことに僥倖な符節であります。 一九九七年八月  サンティアゴにて
3  対談にあたって(池田 大作)
 私は強大なる権力と戦った人を尊敬する。
 その代表的人物の一人である、青年革命児エイルウィン先生の人生行路を尊敬する。
 平凡な、そして実直な、波風を立てない人生を生きる人も多い。それはそれで立派な人生と言えるかもしれない。
 しかし、より良き社会を、より良き未来を、より良き進路を創るため、生命を賭しての正義の戦いをしていく人を、私は深く尊敬し理解する。
 決して近視眼で、その人を観たくはない。また、遠視眼で観てもならない。
 つねに事実に即して正視眼で、その人物を、そして、その軌跡を深く掘り下げて観ていくことを、心がけてきたつもりである。
 過去の歴史において、偉大な善人が正当な評価を得られなかったことが多々あったであろう。
 小人物が誇大な策略の宣伝を使って善人になったり、大人物の虚像をつくりあげる場合も多々ある。
 それに対し正義の人が、高貴な善の人が、誠実な指導者たちが、陰謀と捏造と策略によって牢に入れられ、惨殺され、無念な死をとげることもある。
 そして、また、そのような人たちが社会において大悪の烙印を押され、つくられた陰謀の歴史に、そのまま真実のごとく残され、つづられてきたことも多々ある。
 よく私の恩師は語っていた。
  「人間の妬みほど、恐ろしいものはない。
   人間の魔性ほど、怖いものはない。
   ゆえに、汝自身に力をつけよ。
   汝自身に悔いなき信念をもて」と。
 また、ある哲学者の言葉を、忘れることができない。
 「人間が人間を裁く。しかし、人間は科学ではない。いかようにでも、悪の陰謀の連帯があれば、人を陥れることは簡単である。
 ゆえに、正義の連帯を創る努力を、絶対にしなければならない」と。
 そしてチリ共和国のエイルウィン先生は、言われた。
 「嘘は暴力にいたる控室です。『真実が君臨する』ことが民主社会の基本なのです」
 一九七三年から、じつに十六年半にもおよんだ軍事政権に終止符を打ち、平和裏に民政への移行をなしとげた哲人指導者が、エイルウィン先生である。
 この快挙は中南米諸国の民主化とあいまって、その後の「ベルリンの壁」の崩壊や「ビロード革命」など東欧の民主化とも連動し、民衆の意思に沿って人類史の流れを決定的に変えていった。
 こうした劇的な展開の陰に、エイルウィン先生の類まれなリーダーシップがあったことは、よく知られている。
 私が初めてお会いしたのは、エイルウィン先生がチリの元首として、わが国に初の公式訪問をされた一九九二年(平成四年)十一月である。
 その翌年二月には私がチリを訪問し、大統領府にて語らいを重ねた。そして九四年七月にはエイルウィン先生が創価大学で学生たちに講演をしてくださった。
 これらの対話を、さらに書簡の交換などで補いながら、このたびの対談集の発刊となった次第である。
 その話題は、「チリの民主化の過程」「大統領時代の回想」「人権の新しい理念」「環太平洋時代の展望」「冷戦後の新たな国際秩序」「核廃絶への道」「民族主義の帰趨」「教育の指標」「青年への期待」「環境保護と経済成長」と多岐にわたった。
 大統領職を後進に譲られたあとも、「正義と民主主義」財団を主宰される激務のなか、エイルウィン先生は私の問いかけに誠実に応えてくださった。
 その厚い友情と信頼に、感謝は尽きない。
 新しい千年へ、地球文明の震源地として環太平洋地域に寄せられる期待はいよいよ高まる。
 チリと日本は、太平洋で結ばれた「隣国」である。
 その両国の修好百年の佳節に結実をみた本書が、さらなる相互理解の一助となり、新世紀を生きゆく若い世代が、ともに「太平洋の旭日」を仰ぎゆく契機となれば望外の喜びである。  一九九七年九月二十五日

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