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日蓮大聖人・池田大作

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第六章 いじめ――小さな暴力  

「子供の世界」アリベルト・A・リハーノフ(池田大作全集第107巻)

前後
1  「犬の群れの論理」を砕く正義と善の結集
 池田 戦争とは、国家が主役となって引き起こす“大暴力”であるとすれば、子どもたちを取り巻く校内暴力や家庭内暴力は、いわば“小暴力”と言ってよいでしょう。前章で話しあったように、戦争はたしかに悲惨でむごたらしいものですが、私たちの青少年時のような状況が、いつも続いていたわけではありません。
 それに比べて“小暴力”のほうは、子どもたちにとって、日常的かつ恒常的な出来事ですので、より切実な問題として、スポットが当てられるべきではないでしょうか。
 リハーノフ そのとおりです。
 この“小暴力”の嵐から、子どもたちをどう守るか、これはもはや、学校や家庭だけで対処できるものではなく、社会をあげて取り組むべき重要な問題です。
 池田 とくに、日本などで今、目立っているのが、“いじめ”です。もちろん、子どもたちの世界での争い、たとえば、男の子たちの少々の取っ組みあいやケンカなどは、エネルギーの発露として、ある意味ではしぜんな現象とさえ言えるでしょう。
 しかし、“いじめ”は対等の立場での争いではなく、数の力などを借りて、相手より有利な立場に立ち、一方的に(暴)力で相手を痛めつけて快感を得るという点で、きわめて卑劣で、陰湿な性格を持っています。
 日本では、その結果、小中学生が、いじめた生徒仲間を告発する遺書を残して自殺するなどの例がいくつも出て、大きな社会問題となっております。ケンカには、おのずと「相手を徹底的に痛めつけたりしない」といったルールがありますが、“いじめ”は、ノン・ルール(ルール無用)なのです。
 これは、日本だけの現象ではなく、程度や性質に多少の違いこそあれ、いわゆる「豊かな社会」を作り上げてきた先進諸国に共通する課題のようです。その意味では、あふれ返る“モノ”のなかで、“こころ”の空洞化を象徴する病理と言っても過言ではないでしょう。
 リハーノフ 深刻な問題ですね。
 暴力は、学校のように毎日通う場所で行使される場合、それは、もっとも嫌悪すべき圧力の形の一つとなります。皆で一人を攻撃し、また、よってたかって別の一人を攻撃するというのは、犬の群れと同じ論理であり、習性です。
 また、今までいじめられていた子どもが、別の子どもが皆にいじめられるようになると、今度は自分もいじめる側にまわるようになります。これは、たし算でたす数字の順番を(A+BをB+Aとするように)逆にしても、出る答えは同じになるように、ただもう、暴力の悪循環にはまってしまうのです。だから、なかなかいじめがなくならないのでしょう。
 もし、いじめられている者同士が、二人、三人、四人と団結していけば、いじめっ子たちに対し立ち上がり、対抗できるはずです。
 池田 じつは、今、おっしゃったことを中学生のころに実行したのが、中国の周恩来総理なのです。一九七四年十二月、私の二回目の中国訪問のさい、病に侵された身にもかかわらず、北京市内の病院で温かく迎えてくださり、忘れ得ぬ印象を刻んでおります。夫人の鄧穎超さんとも、親しく交わりを重ねてきました。
 かつて、創価学園のフェスティバルでのスピーチでふれたのですが、周総理は少年時代、体も弱く、恥ずかしがりやであった。おまけに、言葉に“なまり”があったため、何度となく上級生になぐられたり、いやがらせをされた。いわゆる“いじめ”です。
 しかし、周少年は、それに屈することなく、自分と同じようにいじめられている子どもたちを糾合していった。そして、登下校時など、仲間と一緒に行動しながら、“いじめ”に立ち向かっていったというのです。その団結ぶりにたじろいだのか、いじめっ子たちもしだいに手を出さなくなっていったという。
 のちに、紅衛兵騒ぎのさい、国務院(中国の内閣、最高行政機関)が、五十万におよぶ紅衛兵に二昼夜にわたって取り囲まれても、一歩も退かず、粘り強い説得を続けた周総理の胆力を彷彿させるようなエピソードです。
 リハーノフ 名宰相の少年時代の面目が躍如としていますね。
 とともに、もっとも望ましいのは、いじめっ子が、「犬の群れの論理」を捨てて、集団のいじめに加担しないことです。集団の群れの力に反対していくという勇気こそが、こうしたいじめを打ち壊し、粉砕し、なくしていく唯一の道です。否定的な力に対しては、「正義と善の力」で立ち向かわなければなりません。
2  一人立つ「善」←→徒党を組む「悪」
 池田 「犬の群れの論理」に対して、「正義と善の力」に裏打ちされた「勇気」をもって立ち向かっていく――イメージ喚起力に富んだすばらしい言葉です。その対比は、古来さまざまに論議を呼んできた「善」と「悪」との道徳的な内実を、ひときわ鮮やかなコントラスト(対照)で浮かび上がらせています。そこで、やや抽象的になりますが、暴力やいじめの背景にある「善悪」の本質論に少々言及させていただきたいと思うのですが、よろしいでしょうか。
 リハーノフ どうぞ、ぞんぶんに論じてください。
 池田 私は、悪の本質は、総裁がいみじくも「群れ」と表現されたように、何かにつけ、すぐ「徒党を組む、組みたがる」点にあると思います。大人の世界でも、子どもの世界でも、この傾向に変わりありません。
 悪の生命というものは、どんなに強がり、偉ぶって見せても、本質的には臆病ですから、一人でいることに耐えられません。必ず何らかの徒党を組み、数の力に頼ることによって虚勢を張るしかない。虚勢を自信らしきものと錯覚して、たがいにもたれあい、威を張るしか生きようがないのです。
 まさに「犬の群れの論理」そのものであり、大人の悪の集団も、子どもの悪の集団も、よく調べてみると、例外なく、この論理に絡みとられ、“長いものに巻かれろ”式の大勢順応主義に支配されているものです。
 リハーノフ このような結合が、力の論理によることは明白です。
 池田 仏法では、人間の――人間には限りませんが――生命状態を、基本的に十の範疇に分類します。
 悪いほうから言いますと、第一に「地獄界」とは、怒りや憎しみにとらわれ、苦しみに押しつぶされて身動きのとれない、最悪の苦悩、煩悶の境地。
 第二に「餓鬼界」とは、とどまるところを知らない激しい欲望にがんじがらめにされている境地。
 第三に「畜生界」とは、理性も意志も働かず、動物的本能のみにつき動かされている愚かな境地。
 第四に「修羅界」とは、強い者にへつらい、他人に勝ろうとする自己中心的な境地。
 第五に「人界」とは、平静に物事を判断できる生命状態。
 第六に「天界」とは、喜びに満ちた生命状態。
 第七に「声聞界」とは、世の無常の理を知り、煩悩を断尽していこうとする境地。
 第八に「縁覚界」とは、自然現象などを縁として、真理に目覚め、覚りに入る境地。
 第九に「菩薩界」とは、民衆を救済しようと利他の実践に出ていく境地。
 そして十番目の「仏界」とは、万法に通達した覚者の円満自在な境地、を言います。
 簡単に申し上げましたが、この序列の最初のほうであればあるほど“極悪”に近く、最後の「仏界」に近づくほどに“極善”に接近してきます。
 もとより、この十の範疇は固定的なものではなく、瞬間瞬間、千変万化して揺れ動くのが、人間の心というものです。大切なことは、その揺れ動く心の基底部が、どこに置かれているかです。
 リハーノフ ロシア正教の世界観を持つ私のような人間にとっては、この基本原理を知ることは、きわめて大切なことのように思われます。
 池田 私たちが検討してきた「徒党を組む」生命状態は、この範疇の三番目の「畜生界」に当たります。あなたのおっしゃる「犬」は、まさしく「畜生」の代表格であり、ゆえに日蓮大聖人は「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる」、つまり、弱い者には威張りちらし、強い者の前では、犬のように尾を振ってこび、へつらうと、喝破されております。
 要するに、毅然とした「自分」というものがない。だから、すぐに「徒党」を組みたがる。そこに悪の本質があるわけです。
 リハーノフ 興味深いお話です。
 池田 それとは逆に、善の本質は「一人立つ」ところにあると言えましょう。われに「正義と善」の旗印あり、との信念と確信の人は、決して衆を頼まず、そして衆の力を恐れることもありません。
 与する人が皆無であっても失望や絶望もせず、多いからといって、いい気になって居丈高になることもなく、信ずる道を、一人、まっすぐに進んでいく。「千萬人といえども吾往かん」(『孟子』)といった賛辞は、こうした信念の勇者にのみふさわしいと言えましょう。「一人立てる時に強き者は真正の勇者なり」というシラーの言葉とともに――。
 牧口会長も、「悪人の敵になりうる勇者でなければ、善人の友とはなり得ない」「羊千匹よりも獅子一匹」等と、一人立つ勇者の道を宣揚され、みずからもその道を踏破されました。
 リハーノフ それらの考え方は、ロシア文化のなかにも見られるものです。
 池田 もちろん、私は、そうした自覚的な勇気ある決断や行動が、子どもたちに、すぐさま可能であるといっているのではありません。そうした信念は、人生経験を積み、幾多の風雪のなかで鍛え上げられていく以外になく、まずもって、大人が範を示していくべき性質のものでしょう。
 しかし、善と悪とのコントラストという構図は、より素朴で粗けずりなかたちで、子どもたちの世界にあっても、姿を現じていることは否定できません。
 「犬の群れの論理」と「正義と善の力」「勇気」との対峙にしても、たとえば、いじめに遭い、怒り心頭に発したいじめられっ子が、必死になって、いじめっ子にくらいつき、挑んでいったところ、意外なかたちで事態が好転していく突破口になった、などという話を耳にすると、善の力と悪の力が対峙し、火花を散らしゆくドラマは、子どもたちの世界ならではの、粗けずりであるだけ、いっそう輝かしい光彩を放っているのではないか、という気さえします。
 たしかに、そういう話は、例外的なもので、実際のいじめは、もっと陰湿で、暗いやりきれなさを感じさせるものが大部分であることは、十分承知していますが……。
3  教え子への献身を貫いたロシアの教師
 リハーノフ 残念ながら、おっしゃるとおりです。
 日本でもそうでしょうが、ロシアの現状を見ると、実際にはなかなかそのようにドラマチックにはいっていません。
 子どもたちは、いじめられる側からいじめる側に移ることによって、まるで問題が解決したかのように思い込んでいます。それは間違いで、本当は、ただ、打ちのめされて弱くなっているだけなのです。いじめの力に負け、同じような人間になってしまったのです。
 ロシアでは、こうした問題が過去にもあり、現在も存在しています。とくにこの問題が目立っていたのは、戦後の時代ではないでしょうか。私は、そのテーマを取り上げ、二冊の長編小説『清らかな石』と『男子学校』を書きました。
 池田 そうした作品も、われわれが論じているテーマに関係があるわけですね。
 リハーノフ とくに『男子学校』は、自叙伝に近い作品です。もちろん小説なのでフィクションの部分はありますが、基本的には自分自身について書きました。
 ただ、小説としていったん出版されると、今度は、自分の作品を、第三者の目で見られるようになります。この作品を読み返してみて驚いたのは、私自身をモデルにした主人公が、ちょうど今、私たちがこの対談で取り上げているテーマにとって、恰好の例を見せていることです。
 池田 なるほど。もう少しくわしく紹介してください。
 リハーノフ 私が小学校に入ったのは、戦争が始まってまもなくのことでした。当時はまだ、男女共学制がとられていましたので、私は共学の学校で勉強を始めましたが、この時期は、スターリンの命令で、男女別の学校が組織され始めていた時でもありました。このため、共学校と別学校の違いに苦しんだ子どもは少なくなかったと思います。私も、そのような子どもの一人でした。
 私の場合は、初等学校の四年間を共学で勉強しました。その時の先生チェプリャシナは、すばらしい人でした。彼女は、そのころ、もうかなり年配で、私たちの学校がまだ教会付属小学校と呼ばれていた革命前から、教鞭を執っているとのことでした。
 革命ののち、学校が公立になったのにともなって、おそらく、私たちの先生は、教育方針やカリキュラムなどを変えるよう迫られ、どれほどか悩んだだろうと思います。それでも彼女は、子どもにいかに接するかという最重要の問題については、教育者としての自分の信条を貫いていたようでした。
 当時のロシアの教師のなかには、教え子たちに献身するというナロードニキ的遺訓にしたがって、みずからは、家庭や子どもを持たない者が多くいました。
 池田 “ヴ・ナロード”(民衆のなかへ)をスローガンにしていたナロードニキ運動のもっとも良質な部分ですね。
 リハーノフ そのとおりです。
 私たちのチェプリャシナも、そんな先生の一人でした。彼女は、国語、算数、社会、書き方と全教科を一人で教えてくれました。
 なかでも、彼女が私たちにいちばん力を入れて教えてくれたのは、心根のよい人になること、自分を大事にするのと同じように他の人を尊敬すること、読書を愛すること、そして、とくに潔癖を重んじることでした。
 戦争の飢餓で人の心がすさんでしまっていた学窓の外の濁った空気は、なぜか、私たちの小さな学舎の中には入り込んできませんでした。そのせいか、私たちは四年生の終わりまで、汚い言葉を使うのを恥ずかしく思い、乱暴はできず、およそ、何かから自分を守らなければならないというふうに考えたことがなかったのです。
 池田 小さい時であればあるほど、そうした先生の影響力は強いものです。たしかに、教師は「聖職」という側面を持っています。

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