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日蓮大聖人・池田大作

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二 人類史の中の現代  

「宇宙と人間のロマンを語る」チャンドラー・ウィックラマシンゲ(池田大作全集第103…

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1  今、未曽有の危機に
 池田 人間と宇宙について興味深いお話をうかがいましたが、ここで人類史において現代がどういう位置を占めるのか、また二十世紀文明への脅威となった核兵器や大規模な環境破壊、エイズなどについて話を進めたいと思います。
 博士 この地球という惑星で、今、人類は未曾有の危機に直面しているといえます。
 人類史のうえから位置づけてみれば、まずヒト科の系列から派生した私たちの支系、つまりホモ・サピエンスが初めてアフリカに現れたのは、約九万年前でした。偉大なメソポタミア文明が栄えたのは紀元前五〇〇〇年ころ、インダス川流域や中国の偉大な文明が台頭するはるか前のことです。それからインド文明、そしてアテナイ文明が勃興しました。インドで仏教が誕生したのは紀元前五〇〇年ころのことです。その後はローマ文明、そして最後に中世から現代まで世界を席巻したキリスト教文明の出現があります。
 以上は、当然のことながら不完全な人類史の概観です。しかし、より最近の歴史の展開を正しい視点で見るためのお膳立てとしては十分であると思います。
 私たちの最古の祖先は、九万年前に狩猟生活者や採集生活者として出発したわけですが、だいたい遊牧民族的な生活を営んでいました。この段階の人類は、自分が住んでいる環境を探検する能力という点では、ほかの霊長目の捕食動物と大して変わりませんでした。
 その後、約八千年から九千年ほど前に、つまり最後の氷河期が終わって間もなく、人類は初めて農耕を開発し、その結果、定住型社会構造が発達して村や町ができました。このいわゆる農耕革命は、イラクかイランのどこかで始まり、その発生地点から他の地域にはなかなか伝播しませんでした。しかし、最終的には世界各地に広まって発展し、数千年にわたって人類史の主流となったのです。
 農耕革命の結果、交易・産業が拡大し、美術・文学・音楽等が発達しました。一言でいえば、文明化した生活が実現したのです。釈尊やアショーカの時代のインド文明や、ソクラテスの時代のアテナイ文明は、この人類史上最初の大革命の結果として誕生したものといえるでしょう。
 池田 インドの土地の肥沃さは古くから記録されており、メガステネスも、インドが河川や雨に恵まれて、穀物の収穫も年に二回あることをしるしています。こういう豊かさを背景にマガダ国は繁栄し、アショーカのマウリヤ王朝では大規模な入植事業が行われていた、との説もあります。
 こうした農村の豊かさを基盤として都市社会が繁栄し、その自由な気風の中から壮麗な思想・文化の華が咲き誇ったことは想像にかたくありません。
 博士 人間と環境の関係に重大な影響を及ぼした次の革命は、十八世紀から十九世紀にかけて起きた産業革命です。トーマス・ニューコメンによる実用的な蒸気機関(大気圧機関)の発明と、それを動かすエネルギー源としての石炭の活用は、人類史の流れを劇的に変えることになりました。
 石炭をエネルギー源として使用することにより、実は三億年前の石炭紀に地球をおおっていた植物の中に蓄積されていた化学エネルギーを解放したのです。
 それ以前は、料理用の燃料には植物を使用し、運搬や労役には動物や人間を使っていました。そうした手段で得られるどのようなエネルギーよりもはるかに巨大な量のエネルギーを、人類は突然、自由に使えるようになったのです。
 時の経過とともに、石炭の生産量は増加の一途をたどりました。生活水準が向上し、人口が爆発的に増え、エネルギーと権力への欲望が限りなくふくれ上がりました。かくして世界は物質主義の深淵に転落していったのです。今日、人類が直面している危機は、こうした現象から直接に招来されたものです。
2  〈欲望〉と〈価値観〉に問題
 池田 現代文明の危機は、個人の心身から社会、民族、国家、生態圏、地球という幾重もの次元にわたっております。なかでも核の脅威は、人類の〈種〉の存続に深くかかわっています。ポスト冷戦の時代をむかえたとはいえ、今後も核保有国が増えることも予想されており、局地的核戦争の危機は今もつづいています。
 博士 私も、核兵器と核戦争に恐怖をいだいています。人類が広島の教訓をこんなに早く忘れ去ってしまったとは、とても信じられない気持ちです。核兵器の発達は、科学技術の進歩における錯誤による逸脱としか考えられません。核兵器の爆発を抑制して人類のほんの一部だけを殺戮するようにしても、地球上のいたるところで何十年も続く「核の冬」が始まる、と今日では考えられています。
 池田 物質主義の深淵から立ち昇る不吉な未来への警告が、エネルギー問題であり、環境問題です。ここに関連するテーマとして原子力発電がありますが、スリーマイル島やチェルノブイリの事故以来、原子力発電への見直しが各国で始まっています。これらの問題は環境アセスメントや安全性の問題として議論されていますが、同時に本質的な課題は、博士も指摘されているように〈欲望〉と〈価値観〉の問題なのです。
 博士 産業革命以後、人類は次第に環境を軽視するようになり、利潤と権力のみを追求する価値観が支配的になりました。詩人たちはその状況を慨嘆しております。
  国土は病に侵されている。それは増大する病の飽食だ。
  そこでは富が蓄積し、人間が衰弱している
 (Oliver Goldsmith,”The Deserted Village”<The Oxford Library of English Poetry,ed.J.Wain,Guild Publishing,London,1986>)
 しかし、彼らの声は聞き入れられませんでした。
 池田 詩人は魂の叫びを語りますが、利潤と権力の追求者には魂の叫びが響かない。天空の大いなるを知り、生命の永遠性を感じとる者のみが、全体を認識するのです。そして、今日の地球の生態系それ自体の危機は、地球生命圏が幾重にも複合し重層化した生命システムによって成立していることを示しています。
 博士 まったくそのとおりです。人類は今、環境に対する配慮の欠如や、増加する一方の大気汚染の代価を支払い始めています。適切な限度を超えた産業活動の結果、自然界にぎょっとするような徴候が表れてきました。たとえば、太陽の紫外線から地球を守る大気中のオゾン層が破壊されて南極上空に穴があき、しかも、おそらくその穴はますます大きくなっているものと思われます。また、大気汚染物質を原因とする〈温室効果〉により、地球上の温度が上昇していることを示す証拠もあります。
 こうした問題がようやく各国政府の認識するところとなりました。許容限度を超えてこれ以上環境汚染が進まないように、くい止めることが切に望まれます。
 池田 日本を初めとする先進諸国では、消費と欲望の文明の様相を呈している半面、第三世界では人口爆発も加わって、飢餓状態、極貧状態が地球上に広がっています。さらに、社会・経済の次元では、ドル価値の下落と第三世界の累積債務が世界経済に暗い影を投げかけています。旧ソ連・東欧圏の経済の混迷も深刻です。
 博士 多くの国が今、〈経済的な集団大虐殺〉に直面し、最も悲惨な貧困と欠乏の状態に耐えています。この状況の原因は、少なくとも部分的には富める国々の〈野放しの欲望〉にあります。
 現在、経済的な集団大虐殺の状態に近づきつつある国々が、北アフリカ・中東・アジアなど、かつて全世界の文明の揺籃となった地域にあることは悲劇的な事実です。
 池田 文明史上初めての、これまで列挙してきたような、きわめて深刻な危機を乗り越えるためには、全地球的、全人類的な立場からの思考・行動が要請されています。すなわち、個人のエゴイズムや民族・国家のエゴイズムを乗り越えて、グローバルな視野から〈地球文明〉を創造していくべき〈時〉を世界はむかえています。
 そして、明日の人類文明を築きゆくために、あらゆる次元における東と西、北と南の対話・交流が必要であり、とくに東洋の歴史を飾ったインドや中国に源を発する思想・哲学が要請されているように思われます。
 なぜなら、今や人間の心そのものが、さまざまなストレスにゆがみ、病み、分裂と衰弱の傾向さえ見せ始めているからです。先進国では、テクノストレスが今後さらに増加し、心身症や精神の病気によって人間生命は内面からひびわれ、生命力を消失してしまう危機に直面しています。
 博士 二十一世紀を安心してむかえるためには、エネルギー消費への〈野放しの欲望〉を生みだした私たちの価値観を改めることが絶対に必要です。仏教に具現化されているようなアジアの諸思想・哲学は、人類の前途を照らし導く光明となりうるでしょう。
3  「第二の枢軸時代」に
 池田 私も、東洋の文化が、西洋科学文明の危機の克服と、これからの人類文明の創出に貢献しうる豊かな内実をそなえている、と考えています。現代は〈哲学不在〉の時代と指摘されていますが、かつて人類史においては、カール・ヤスパースが「枢軸時代」と呼んだ紀元前五〇〇年ころは、中国、インド、ギリシャ等に人類の精神史を画する偉大な思想家・宗教者たちが〈世界同時的〉に出現しており、今日までの思想・哲学の源流となってきました。
 博士 おっしゃるとおり、紀元前五〇〇年を中心とする数百年間に、きわめて注目すべきことが世界中の人間に起きました。地中海沿岸で、アテナイやアレクサンドリアで、インドや中国で、それぞれ別個に人間の精神が大輪の花を咲かせたのです。
 池田 その後の時代にも多くの思想・哲学が出現していますが、「枢軸時代」に登場した人々に匹敵するほどの影響を人類に与えたことはありません。
 博士 これは、もはやそのような開花は必要なかったという単純な理由によるものでしょう。ソクラテス、釈尊、孔子によってひとそろいの基本的な哲学上の発見が完了し、それ以上は改良の余地がなかったのです。
 しかし私の推測では、宇宙時代がさらに前進すれば、一連の新しい基本的な哲学概念が生まれるでしょう。そして、それがこの先、数世紀にわたって人類に影響を及ぼしつづけることでしょう。私たちは今や、人類史上第二の「枢軸時代」の出発点に立っているのかもしれません。
 池田 たしかに、現代は「第二の枢軸時代」というべき巨大な転換期をむかえているといえるでしょう。ヤスパースの言う「枢軸時代」が個としての自覚化の時代とすれば、現代のそれは〈類的個〉としての自覚化の時代、すなわち〈人類的自覚に立った個〉が要請されている時代です。つまり、個人的エゴイズム、また民族・国家のエゴイズムを超越し、グローバルな視野に立った世界市民(コスモポリタン)への期待といってよい。
 宇宙時代を開拓する鮮烈な哲学・思想によって人類意識に目覚めたコスモポリタン――その連帯の輪が広がりゆくところに、〈地球文明〉の曙光が輝くのではないでしょうか。私は、宇宙時代の〈一連の新しい基本的哲学概念〉を生みだす母体として、東洋の文化、とくに仏教の内包するグローバルで生態学的な生命観、世界観が重要な貢献をなしうると考えています。

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