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日蓮大聖人・池田大作

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第五章 日本の進むべき道  

「文明・西と東」クーデンホーフ・カレルギー(全集102)

前後
1  太平洋文明の主体者に
 池田 日本のこれからの進路を考えるにあたって、日本人は過去に犯した誤りを率直に反省する必要があると思います。その点をあいまいにしておくならば、ふたたびいつの日か、同じ轍を踏むか、あるいはもっと大きな過ちを繰り返すことになるのではないかと恐れるものです。
 そこで、とくに明治以来日本がたどってきた歴史を振り返ってみて、どういう点を、最も改めるべきか、ご意見がありましたら、おっしゃってください。
 クーデンホーフ むずかしいご質問ですが、私の考えでは、日本の指導者たちが犯した最大の誤りは、ヨーロッパのやり方をただ盲目的に模倣して、ヨーロッパ型の民主主義や社会主義をそのまま直輸入しただけでなく、征服への道、つまり帝国主義や植民地主義や侵略主義をもまねてしまったことにあると思います。
 池田 確かに、帝国主義や植民地主義や侵略主義的なやり方を取り入れたのは、大変大きな過ちであったと思います。その結果は、全世界に反発を起こし、みずから第二次世界大戦を招いて手痛い敗北を蒙ったわけですね。
 そこで、戦後は、平和憲法にのっとって、経済の自立、成長に力を入れ、また政治体制としては議会制民主主義の確立をめざしてきました。しかし、戦後四半世紀以上を経た今日、日本は大きな曲がり角にさしかかろうとしています。
 私は、議会制民主主義が、いまだにしっかり根を下ろすまでにいたっていないこと、またアジア・極東をめぐる複雑な国際情勢の中で、ふたたび軍事勢力の台頭を招いて、過去の失敗を繰り返すのではないかということを深く恐れています。
 それでは、どのようにして、そうした危険な動きを阻止することができるか――これからの重大な課題であると考えています。
 クーデンホーフ 私は思うのですが、アメリカが、経済力と科学技術の面で、日本より優勢であったことが、太平洋戦争の勝敗が決定したということです。
 日本が、こうした経験によって経済と科学技術の重要性を学んだことは、良いことであったと思います。この教訓を生かした結果、日本は世界の経済大国になったと言えるのではないでしょうか。
 しかし、一方では、日本が欧米から民主主義を直輸入したのみで、日本自身の民主主義を築くまでにいたっていないということが、重大な弱点になっていると思いますね。
 前にも申したとおり、日本は、近代になって西洋から植民地主義や帝国主義の悪い先例をならい、ついでファシズムの悪例に従いました。
 私も、日本があの過ちをふたたび繰り返そうとしているのではないかと恐れるものです。良い面もあるが、欠点の面も多い欧米の歴史をよく見きわめ、同時に日本自身の平和の歴史と伝統も尊重していかなければならないと思います。
 日本は、二十一世紀を志向して、独自に平和的に生きていく道を求めることにのみ、偉大な未来性が残されていると言えましょう。
 池田 なるほど――今のあなたのお話のなかで、ただ一つ賛成しかねる点があります。それは、日本人は、第二次大戦の敗北の原因が経済力と科学技術の劣勢にあったとの反省から、戦後、経済に力を入れたというご見解です。
 現在、日本人の多くは、今度は負けないようになどという気持ちで働いているわけではありません。
 およそ、戦争はもう二度とこりごりだといった平和主義の意識が支配的だからです。
 ただ、日本の経済力の伸長に対して、海外でそのような警戒的な見方があるということについては、深く反省しなければならないと思います。
 確かに、日本人の場合、戦争の罪悪そのものに対して、深刻な反省なしに今日まで来ています。戦争の責任と罪を背負った人たちが、今日も指導的地位についておりますし、たとえば中国に対する態度も、きちんと戦争の罪悪を清算したうえで、というものではありません。
 その意味で、日本人はまず、過去をはっきりと反省したうえで、平和・中立・互恵主義への方向を明確に打ちたてる必要があると考えるのです。
 そこで、基本的な考え方として、私は、まず、かつての軍国主義・日本とは違った意味で、この狭い国土に閉じこもった″島国民族″であってはならないと考えるわけです。むしろ″島国″とは全世界に開かれているということであり、世界の平和と繁栄のため、貢献できる″開かれた島″であるべきです。
 そういう観点から日本の将来に対して、あなたは何を期待されますか。
 クーデンホーフ 私は、日本が、第一に世界平和のためにベストをつくすこと、そして第二に、明日の太平洋文明を築いていくことを期待します。
 現代は、ヨーロッパ・アメリカの大西洋文明から、しだいに新しい太平洋文明へ移行していく過渡期であって、そのなかでリーダーシップをとることが、日本に課せられた重大な使命であると思います。日本は、来るべき太平洋文明の主体者となるべきです。
 明治以来、多くの日本人は、大西洋文明の先進性を信じ、その仲間入りをしようとしてきました。確かに科学技術に関するかぎり、世界の先端を行く大西洋文明を導入したことは日本にとって良いことでしたが、しかし、西の世界の文明があらゆる点で、東の世界の文明より、優れていると考えたのは誤りでした。
 大戦後、とくに中国が共産主義になったことによって、日本の立場は、非常にユニークなものとなりました。かつて、ヨーロッパからのキリスト教の洗礼を拒否した中国は、ヨーロッパ文明のもう一つの流れであるマルキシズムを受け入れ、それによって、仏教と儒教の偉大な伝統を放棄しました。
 この、東洋の偉大な伝統を、今日も生かしている国は、日本をおいてほかにありません。日本は、キリスト教にもイスラム教にも、また共産主義にも征服されなかった唯一の国です。この貴重な伝統を、新しい時代をふまえた近代的な形で守っていくべきだと思います。
2  仏教による宗教ルネサンス
 池田 日本が進むべき道としてあなたの言われた「世界平和のためにベストをつくすこと」と「太平洋文明を築くリーダーシップをとること」は、非常に貴重な示唆であり、また、この二つは表裏一体をなすものとして考えなければならないと思います。
 なぜなら、過去において、一つの文明が興隆するということは、必ずといってよいほど、戦争、すなわち武力侵略と結びついてきたからです。
 ギリシャの文明がアジアに大きい影響をおよぼすにいたった機縁は、アレキサンダー大王による征服戦争でした。古代の地中海沿岸の諸文明が、その頂点に達したのも、ローマが武力によって広大な帝国を築きあげたことによってでした。
 また、近世ヨーロッパの文明が、世界にひろまり、世界を制覇するにいたったのも、その植民地主義、帝国主義的侵略の結果なされたものであることは否定できません。
 したがって、そうした歴史的事実から考えると、太平洋文明を築くという課題と、世界平和のためにベストをつくすという使命とは、およそ両立しがたいようにも思われるのが普通でしょう。
 しかし、だからこそ、これを両立させることに大きい意味があると思うのです。このことは、日本がめざすべき″明日の文明″の実体が、これまでの″文明″とは異なったものでなければならないということではないでしょうか。
 クーデンホーフ そのとおりです。日本が世界に向けて輸出すべきものは、たんなる物や技術だけではありません。もちろん、それらについても優秀なものをめざすべきであり、この点、すでにヨーロッパの水準に達している日本にとっては、不可能なことではありません。
 しかし、もっと大事なことは、偉大な思想を外国に向かって、世界に向けて紹介することです。私は、その時が、すでに来ていると信じております。
 その偉大な思想とは、インドに起こり、中国を経て、日本で大成した、平和的な、生命尊重の仏教の思想です。
 池田 それは、私自身、これまでも真剣に取り組んできた問題です。これからも、生涯の念願として、世界の平和のため、人類の幸福のために、微力をつくす決意でおります。
 クーデンホーフ 平和的な文明の興隆にとって、欠かすことのできない条件は、力と調和の両方を統合することです。
 日本は、これまでも、アジアの伝統である調和を犠牲にすることなく、西洋世界の技術革新の力を自分のものとすることに成功しました。その成果は、今日、経済大国の一つとして成長をつづけていることに現れていると思います。この成果こそ、明日の平和な太平洋文明の指導理念となるべきです。
 池田 力と調和の両面を統合していくことが、平和的な文明の興隆の、不可欠の条件であるというお考えには、まったく賛成です。
 ただ、現在の日本が、はたして、この困難な仕事に成功しているかどうか、私は疑問視せざるをえません。むしろ非常に深刻なアンバランスにおちいっているというのが、日本国民の大多数のいだいている実感ではないでしょうか。
 確かに、近代以前の日本には調和をなにより大事にする、良い伝統がありました。あまりにも調和を重んずるあまり、停滞的でさえあったようです。その反動として明治以後の日本は、調和を犠牲にして″力″を追求してきました。
 ただ、希望がもてることは、国民の多くが、このアンバランスに対して、今、深い反省を始めていることです。もし、たんなる反動に走るのでなく、力と調和を見事に統合できたなら、それはあなたの言われるように、新しい文明の興隆にとって、偉大な指導理念となりうるでしょう。それはわれわれにとって、今後の大きな課題ですね。
 クーデンホーフ なるほど、その社会の内部に入った場合、さまざまな矛盾や苦悩があることは十分わかります。
 しかし、大局的に、他の文明と比較してみた場合には、日本は、やはり、最も成功をおさめた国であると思います。また、今、さまざまの苦悩をかかえているにせよ、それを乗り越える可能性を、十分にもっていると私はみています。
 日本は、ヨーロッパ文明を師匠とした、この百年より以前は、インドの仏教と中国の儒教の弟子でした。日本人は、これら三つの道場で修行を積み、インスピレーションを受ける一方、それを太古の昔から伝えられてきた独自の伝統に融合させることによって、ヨーロッパよりも優位にさえ立つにいたっています。
 ヨーロッパはいわゆる民族大移動の時代以来、過酷な歴史を切りぬけてきました。しかし、その基盤となったキリスト教は、近代科学との衝突の結果、みじめな敗北を重ね、今では文化と社会をリードする力を失ってしまっています。
 こうしたヨーロッパの文明は、大海原の真っただ中で魚雷に当たった豪華船に、なぞらえることができます。船客が、ぜいたくに酔いしれている間に、船体は徐々に、しかし、一瞬の休みもなく沈んでいく――。キリスト教の哀退につれて、それに由来する道徳も崩壊しているのです。
 ヨーロッパにおいても、アメリカにおいても、その道徳の基礎となってきたキリスト教が、現実逃避の泥沼にはまり込んでいるときに、日本において、仏教による宗教ルネサンスが勃興していることは、偉大なことだと思います。
 池田 その日本人自身が、まだ仏教を形骸化した宗教としてとらえています。これは非常に残念なことです。仏教哲学の真髄を知ったならば、その生き生きとした哲理の永遠の新しさに驚くにちがいありません。明日の人類文化の興隆をもたらす″生の躍動″の源泉は、まさにここにあると信じております。
3  世界平和へ発信
 クーデンホーフ 二十一世紀の新しい太平洋文明の世紀を、現代の大西洋文明の世紀よりも、優れたものとするためには、なによりも日本が、世界平和のために貢献していかなければなりません。この新しい太平洋文明に向かって着々と準備することこそ、日本の果たすべき重要な役割です。
 そのためには、日本が、これまでのように西欧文明によりかかって、その西欧文明にのみこまれてしまっていたのでは、この重大な責務を果たすことはできません。日本は、アジア的でも、アメリカ的であってもならない――どこまでも日本的であるべきです。
 池田 まったく同感です。創造性と独自性こそ、これからの世界文明に貢献する道であるということですね。世界平和に寄与するということは、その創造性、独自性の上に立って、幅広い寛容の精神を貫き、人間対人間の真心の対話を繰り広げていくことではないでしょうか。
 クーデンホーフ そのとおりです。日本が世界に向けて輸出すべき思想は、あくまで日本人によって消化され、創造性を加えられた、生まれ変わった仏教でなければなりません。
 というのは、これまで、本当の意味で仏教がヨーロッパに受け入れられなかった理由は、それが、心情の面でヨーロッパと、あまりにも隔たりのあるインド、ネパール、チベットあたりから来たものだったからです。
 日本からの仏教であるならば、これらの国々からの仏教よりも、ヨーロッパにとって、はるかに受け入れやすいでしょう。
 池田 日本の将来の進むべき道として示された「世界平和のためにベストをつくす」という点について、具体的なお考えを聞かせてください。
 クーデンホーフ 日本が世界平和への使命を遂行するには、ちょうどスイスがヨーロッパで果たしている、偉大な先例にならうべきだと思います。
 今日、世界には、共産主義による世界革命と、民主主義の名において行われている反共主義との対立・相克が冷戦をもたらし、また、世界の一部では熱い戦争がつづいています。
 このなかにあって、日本は左右両勢力の、いずれの陣営にも絶対に加担することなく、断固、平和主義と完全中立と内政不干渉の原則を貫くべきです。
 また、アジア、アフリカなどのすべての諸国に対しても、民主主義たると共産主義たると、あるいは軍事独裁制たるとを問わず、他国の内政問題には、一切、くちばしをさしはさまない原則を貫くべきです。
 また、日本は、決して日本型民主主義を他国に押しつけるべきではありません。分割された二つの世界のなかで、日本は、あくまで中立を堅持すべきです。万一、将来、中ソ紛争が起こったとしても、厳に中立を守るべきです。不幸にして戦争になったとしても、日本のもっている文化的重要性のゆえに、厳正中立を守ることは、決して不可能ではありません。
 池田 完全中立を貫くということは、世界の平和を守るためにきわめて大事な点だと思います。過去の二度の大戦をみても、各国がいろんなつながりで、次々に参戦していったことが、惨禍を拡大した根本原因になっています。
 ふたたび大戦の惨劇を引き起こさないためには、他国にいかなることが起きようと、内政には干渉しない、また、いかなる紛争が起きようと、そのいずれにも加担しないという原則を各国が貫くことこそ大切です。
 完全中立というのは政治的・外交的姿勢だけを見れば、確かに消極的なようですが、平和にとっては、それが積極的な意味をもつし、より本源的には、対立・抗争の底流をつくりだしている思想・イデオロギーの対決を解消する、より高次元の思想の輸出が、平和を築く大きい力となっていくわけですね。
 クーデンホーフ 日本人が、世界平和建設に向かって進路をとり、その指導者としての役割を果たすとき、世界は初めて新しい時代の夜明けを迎えることができるでしょう。地球上の男女一人のこらず、生活の保障と福祉を与えられる、美しい平和な時代が到来することでしょう。
 池田 最後に、あなたが、今後成し遂げたいと考えていらっしゃることをお聞かせください。
 クーデンホーフ 日本とヨーロッパの関係を、より緊密にしていきたいと願っています。日本は、アジアやアメリカとの関係ほど緊密な関係を、ヨーロッパに対してはもっていません。
 したがって、私は、ヨーロッパに「日本の友」という委員会を設立し、日本に「ヨーロッパの友」という委員会をつくることを決めました。
 すでに述べたように、現在のヨーロッパは、沈みゆく客船のようなものです。それに対して、日本は新しい宗教ルネサンスのもとに、輝かしい未来に向かっています。やがて、これまでの大西洋文明の時代は、太平洋文明の時代へと移行することでしょう。
 ヨーロッパは、すべからくこの時代の流れを虚心坦懐に認め、日本に学び、日本と連携を密にしていくべきだと思います。
 そして、互いに結束して、資本主義の金権政治や、全体主義から人類を守り、同胞愛をもってする世界政府を建設していかねばなりません。
 人間的博愛と平和を推進することによって、自由と平等という二つの理想を和解させ、両立させつつ実現することをめざすべきです。「悲観的なビジョンを楽観的な行動で克服しよう」というのが私の座右の銘です。
 池田 どうも長時間にわたる有益な対談、大変ありがとうございました。ヨーロッパと日本のためにも、世界平和実現のためにも、あなたのますますのご健康とご活躍を祈ってやみません。
 クーデンホーフ 私も、日本のため、また世界のため、この重大な時に、あなたのご活躍を大きな期待をもって見守っております。

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