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日蓮大聖人・池田大作

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ウクライナ「大統領栄誉賞」授与式、第二… 次の五十年は君が勝て!

2004.1.17 スピーチ(2004.1〜)(池田大作全集第96巻)

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1  思いやる心に本当の知性が
 今春、卒業される創大生、創価女子短大生、そして留学生の皆さん、また、八王子の学生の代表の皆さん、本当に、おめでとう!(拍手)
 創大、短大の教職員の先生方も、いつもありがとうございます。
 晴れの日を迎える皆さんに、きょうはまず「お父さん、お母さんを大切に!」と強く申し上げたい。
 皆さんはわからないかもしれないが、親にとって、わが子というものは本当にかわいい。心配でしかたがないものだ。なんとか立派になってもらいたい。幸福になってもらいたい。こう真剣に祈り、心で願っているのです。
 ましてや、皆さんのお父さん、お母さんは、君たちを大学まで送り出してくださった。そして卒業の日まで、さまざまに面倒をみてくださった。その間、皆さんの知らないところで、どれほど苦労し、忍耐に忍耐を重ねて、みずからを犠牲にしてまでも、君たちに尽くしてくれたことか。
 それだけでも深く感謝しなければいけない。大学に行きたくても行けなかった人がたくさんいるのです。
 きょうは帰宅したら、最高の笑顔で、そして、頭を深く下げて、感謝の言葉を伝えていただきたい。一人暮らしの人は電話でもいいです。「きょうまで本当にありがとうございました」「卒業したら、しっかり働いて、必ず親孝行します。必ず楽をさせますから、どうか安心してください」と。
 言葉一つが大事なのです。相手を思いやり、気を配ることができる。それが本当の知性です。
 何のために君たちは大学で学んだのか。
 価値ある人生を生きるためです。
 社会に、人に、尽くすためです。
 それが学問の本来の目的であることを忘れないでください。
 どうか、ご両親にくれぐれもよろしくお伝えください。
2  掲げよ「知性の剣」
 恩師の戸田先生が、歴史上の人物で、一度会ってみたいと言われていた一人が、幕末の志士・高杉晋作であつた。(以下、古川薫編、『高杉晋作のすべて』新人物往来社。参照)
 彼は、吉田松陰の松下村塾に学んだ。こんなちっぽけな島国の日本では、どうしようもない。新しい日本を創ろうではないか――そう決心して、彼は、「知性の剣」「勝利の剣」を磨きに磨いた。
 だが、師匠の松陰が、幕府権力によって、理不尽にも刑死させられる。その悲報を聞いたとき、晋作は、二十歳。″われら弟子としては、この仇を討たないでは、心もやすまらない″と憤怒して立ち上がった。
 革命へ行動する晋作の生涯は、「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と評された。
 晋作は、師の「民衆決起の思想」を継いで、長州で、農民や町民など民衆の千不ルギーを結集した「奇兵隊」を創設。民衆の義勇軍の力で、幕府軍と戦っていったのである。
 ただ、残念なことに、晋作は、数え二十九歳の若さで亡くなった。病死であった。
 この話をされるとき、戸田先生は、いつも、病弱だった私の身体を心配して、「大作は三十歳までしか生きられまい」と滂沱の涙を流された。そして、「大作、断じて生きぬけ! 俺の命をやる。俺の分まで生きぬくのだ!」と言ってくださったのである。
 本当に、ありがたき師匠であった。
3  自分自身に生きぬけ
 戸田先生は、よくおっしゃった。
 「世間は評判。国法は賞罰。仏法は勝負」と。
 人生も勝負である。皆さんは、断じて、わが使命の舞台で勝っていただきたい。
 きょう集った男性は、半分は、広宣流布の指導者に、半分は、社会の成功者になってもらいたい。女性は、全員が幸福者に、幸福を勝ち取る人生を歩んでいってください。
 有名人になるもよし。無名の人生を生きゆくもよし。要は、自分自身に悔いのない、自分自身が満足できる人生を生きたかどうである。他人の評判など気にする必要もない。充実した価値深き人生であれば、その人が勝利者なのである。
 ともあれ、絶対に、敗北者にだけは、なってはならない。哀れな敗残の人間ほど不幸はないからだ。
 そのためには、前途のいかなる山も谷も乗り越えていく、勇敢なる人生観をもつことだ。これが仏法であり、信心であることを忘れないでいただきたい。

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