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日蓮大聖人・池田大作

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第47回本部幹部会 人生は舞! わが生命の「歓喜の舞」を

2000.6.29 スピーチ(1999.10〜)(池田大作全集第91巻)

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1  師弟の「誓い」を輝かせよ! ダイヤのごとく
 アメリカの詩人、ホイットマンの有名な一節を、まず紹介したい。
 「まだまだこれからひと勝負、元気よく立ち向かうのだ」「闘争と雄雄しい行為を喜ぶ心を最後まで失ってはならぬ」(『草の葉』下、鍋島能弘・酒本雅之訳、岩波文庫)
 仏法も人生も、最後まで戦いである。
 詩人は、こうも謳っている。
  「誰の助けを借らずとも我らはすでに強くて無敵、
  誰の助けを借らずとも我らは果敢」(前掲『草の葉』中)
 何も恐れない。何も頼らない。私どもの確信も同じである。
2  あす六月三十日は学生部の「結成記念日」である。
 「二十一世紀の指導者」である学生部の諸君、そして学生部出身の皆さまに、つつしんで「おめでとう」と申し上げたい。(拍手)
 未来の創価学会をお願いする大切な諸君である。
 戸田先生は、学生部結成大会(一九五七年)で言われた。
 「この中から、半分は重役に、半分は博士に」
 一人ももれなく、次代の指導者にと期待された。この一言を、私は真剣に受けとめた。
 「人を育てよう!」「無数の博士を必ず、断じて出してみせる!」
 そう祈りに祈った。身を挺して、人材を育てた。
 戸田先生の指導を聞き流し、忘れ去ってしまう愚かな幹部もいた。しかし私は、戸田先生の一言一言を、全部「真剣勝負」で受けとめた。弟子が実現しなければ、師の宣言を虚妄にしてしまう。インチキな世界になってしまうからである。
 なにげない師の一言でも、自分のものとして深く受けとめ、わが胸中に、ダイヤのごとく光らせ、磨いていくかどうか。
 根本的な一念の持ち方で、すべて変わってしまう。一念三千である。
 これが峻厳な「師弟」の道なのである。
3  学園出身の「博士」が陸続と誕生
 私は創価学園を創立した。できたばかりで、すべてが未知数の、名もない学園をばかにする人間もいた。そこから今、陸続と「博士」が誕生している。
 「医学博士」「工学博士」「理学博士」「農学博士」「薬学博士」「歯学博士」「経済学博士」「政治学博士」「法学博士」「文学博士」「言語学博士」そして「平和学博士」など、創価学園出身の「博士」は、じつに男女合わせて百六人になった。(拍手)
 東京校は八十九人。また創立が新しい関西校は十七人。今後も博士号を取得する人が続々と出るであろう。(=二〇〇二年七月現在、学園出身の博士号取得者は、東京港は百十五人、関西公は三十一人、合計百四十六人に)
 短い年月の間に、これだけの結果を出した。これが「師弟の契り」である。「師弟」を決して安易に考えてはいけない。
 創価学園の人間性豊かな「英才教育」は、世界の教育界から、大きく注目され始めている。たくさんの世界の教育者が東西の創価学園を訪れている。
 先日も、南米の「ベネズエラ・ボリバル共和国」の教育・文化・スポーツ省のナバロ大臣から、ご連絡をいただいた。
 それは、「毎年、政府として、青少年の海外研修を行っております。本年は、日本に派遣して、ぜひとも、創価学園と教育交流を結びたい」という要請であった。(拍手)
 ナバロ大臣は昨年(一九九九年七月)、ご夫妻で、創価学園を訪問された。その時の学園生との感動の出会いを振り返りながら、若き世代に「創価教育」との交流を体験させたいと、強い意向を示しておられる。
 (ナバロ大臣とは一九九九年七月に東京で会見。その際、東洋人初の「アンドレス・ベージョ最高位勲章」がSGI〈創価学会インターナショナル〉会長に授与された)

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