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日蓮大聖人・池田大作

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「11・18」記念アジア代表者会議 人類貢献の「不変の大道」を歩め

1995.11.12 スピーチ(1995.5〜)(池田大作全集第86巻)

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1  妙法の力で自在の人生を
 アジア代表者会議、おめでとう。11・18「創立の日」を晴れ晴れと祝賀する集いである。皆さまとゆっくり語り合う機会をもつことができ、私は幸せである。
 香港ホンコン・マカオの皆さまも、このようにお元気で、本当にうれしい。
 香港・マカオのSGI(創価学会インタナショナル)の方々は、実に仲が良い。気持ちがいい。皆、教養があり、人格が清々しい。根性があって、しかも人への接し方がまことにさわやかである。お会いするたびに、境涯をぐんぐん広げておられる。
 香港の街並みも、ますます美しくなっており、着実な発展を私は喜んでいる。
 また、日本各地から集われた交流団の皆さま、遠いところ、本当にご苦労さま。楽しく有意義な思い出を、つづっていただきたい。
 広布を願って来られた交流団である。その尊き「心」が皆さまの境涯を広げ、仏法で説く転輪聖王てんりんじょうおうのごとく、やがて世界を自在に動ける大境涯になっていくにちがいない。これが妙法の力である。その自在の人生への「噴射」を皆さまは、すでに開始されたのである。
2  御本仏であられる日蓮大聖人は、雄大なる太平洋の海辺に聖誕なされた。それは、大聖人の仏法が、ここ香港はもちろん全世界につながり、全人類に通じゆく象徴とも拝されよう。
 御書には、″仏法者は大海のごとくあれ″と仰せである。
 「大難来りなば強盛の信心弥弥いよいよ悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや、大海へ衆流入る・されども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ
 ──大難が来たならば、強盛の信心でいよいよ喜んでいくべきである。火にたきぎを加えて(その分)燃えさからないことがあろうか(否、決してない)。大海には多くの河が流れ込む。しかし大海は河の水を返すことがあるだろうか(否、決してない)。(それと同じように)″法華大海の行者″には、さまざまな大難の河の水が流れ込むが、押し返したり、とがめだてすることはない。さまざまな河の水が入ってこなければ大海はない。大難がなければ法華経の行者ではないのである──。
 難があるほど、成仏へのチャンスであり、いよいよ喜んでいきなさい、との仰せである。
3  嫉妬と臆病と狂態きょうたいの圧迫など、大聖人の大海原のごとき大境界から見れば、まことに小さな小さなことである。
 妙法とともに生きる──それは宇宙大の人生である。何が起ころうと悠々と見おろしながら、全民衆を幸福にするという使命へ向かって、自在の智慧と力を発揮し、すべて勝ち越えていけるのである。妙法とともに生きる人生は不滅であり、永遠の凱歌の人生である。すべてを勝利の方向へ、希望の方向へ、「変毒為薬へんどくいやく(毒を変じて薬と為す)」できるのである。

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