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日蓮大聖人・池田大作

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第四回全国男子部幹部会 連戦連勝を青年の「知恵」「努力」「忍耐」で

1991.2.17 スピーチ(1991.1〜)(池田大作全集第76巻)

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1  無上の富――青春をどう使うか
 「戦う人生」は美しい。美しい人生は、自分も幸福である。他の人の心をも打つ。なすべき戦いを避ける人生に、輝きはない。
 今、時は「春」間近。風のにおいも、春めいてきた。
 「風は是れ天地の使なり」――風は天地の使いである――と、日蓮大聖人は池上兄弟へのお手紙で仰せである。
 風は″天の使い″として、気象の変化等をとおし、諸天の動向を告げる。とともに″地の使い″として、社会と人心の動きを雄弁に語ると、仏法では説く。
 それはそれとして、諸君も今、「青春」の真っただ中。諸君のはつらつたる姿は、いちはやく広布の本格的な「春」を告げているように思えてならない。
 世界広宣流布への道が、いやまして広々と開けていく、今この″時″に巡りあい、青年部として戦っている諸君の存在は不思議である。どれほど大きな使命があることか。
 男子部が立ち上がれば、一切に勝つ。これが学会の伝統である。私を中心に諸君の先輩が渾身の闘魂で築き上げた歴史である。この伝統が永遠に健在であることを、本年もまた、見事に証明していただきたい。(拍手)
 吉田絃二郎氏は、とくに戦前、愛読された作家である。昔、氏の″若いということはすばらしい。青年は青年であるだけで、どんな高位高官よりも、財産家よりも尊い″という意味の言葉を読んだ。(=吉田絃二郎『土と人と言葉』日本青年館発行。「青年よ、君等は青年であるというただその一事だけですでに誰よりも尊まるべきだ。詩のごとく、神のごとく自然なる生活に生くるところの青年であるということは、宰相であり、哲人であるということよりも人類の衿恃ほこりなのだ」)
 本当にそのとおりだと思う。宰相の権力も、大富豪の巨万の富も、「青春」の光の前には色あせる。
 その人生最大の富を諸君はもっている。どう使うか、どう何十倍、何百倍の価値を生ぜしめるか、決めるのは自分自身である。
2  「開目抄」には、こう述べられている。
 「たいをなめて大海のしををしり一華を見て春を推せよ」――ひとしずくをなめて大海の潮がどのようなものであるかを知り、ひとつの花を見て春が来たことを推察しなさい――と。
 大聖人は、法華経で最難事とされる妙法の弘法をなされ(六難九易の説相)、大難を受けておられた。人々はその事実を見て、大聖人が、一切経の勝劣を知られた、真の「法華経の行者」であられることを知るべきである、と仰せである。
 大難を繰り返し受ける人、それでも妙法弘通に進む人、その人こそ「法華経の行者」である。「受難」の事実こそ、「正義」の証明なのである。大聖人は、この道理を強く教えておられる。
 仏法では、何事にも″兆し″があり、″現れ″があると説く。善きにつけ、悪しきにつけ――。その小さな″兆し″を敏感に察知して、悪い芽は摘み、善い芽は伸ばす。その人が賢者であり、勝利者となる。
 愚かであってはならない。「法華経」には「智慧聡達」(開結五〇二㌻)と説かれる。(=寿量品の″良医病子の譬″で、良医が「智慧聡達」と説かれる。智慧が世法仏法にわたり、聡明で、人心の深い機微に通達していること)
 鋭敏で、思慮深い「知恵の人」であっていただきたい。そして、何があってもへこたれない「努力の人」「忍耐の人」であっていただきたい。その人が勝利する。この連戦連勝の兵法を教えたのが「法華経」である。
3  赤誠の忠言に歴史の教訓
 ″殷の紂王″(紀元前十一世紀)といえば、中国古代の悪王の代表として有名である。「異体同心事」など御書にも登場するので、諸君も名前を知っていると思う。
 暴虐な彼が殷の王朝を自滅させることを、じつは、初めから見抜いていた臣下がいた。小さな″兆し″を見逃さなかった、その名臣の名は箕子きし
 彼は、紂王が即位し、初めて″象牙の箸″を作らせたのを見て、嘆いた。
 「象牙の箸を用いたら、もう普通の土を焼いた食器ではすまない。きっと玉の杯を作らせるだろう。玉杯に象牙の箸となったら、質素な食事、衣類、住居などでは、とてもすむまい。錦を重ね、豪邸を建て、何か足らないと遠方から取り寄せ、民からしぼり取り、どんどん華美になっていくにちがいない。ああ、行く末が恐ろしい!」と。
 彼の予見どおりであった。″象牙の箸″から間もなく、ぜいたくはエスカレートし、際限がなかった。税金は上がり、民は苦しみ、ついに皆に見限られるにいたった。民衆も、心ある臣下も皆、心でそむいた。(=王に批判的な者が出ると「刑軽きが故に反く者あり」として過酷な刑罰を設け、ますます人心は離れた)
 独裁者は、そうした人々の心すら、わからなくなるものだ。自分のことさえ自分でわからなくなる。皆が何でも言うことを聞くゆえに、自分を律する基準が見えなくなる。紂王も、その一人であった。
 「異体同心事」に「殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさけぬ」――殷の紂王は、七十万騎の大軍だったが、同体異心だったので、異体同心の周の武王に「牧野の戦」で負けた――と仰せである。
 教学試験にもよく出題される(笑い)、あまりにも有名な御金言である。
 「同体異心」とは、形だけ無理に権威・権力でまとめ、取りつくろっている姿であろう。見かけは一致しているようで、そのじつ、心はバラバラである。皆、自分のことを中心に考えている。従わねば、後が怖いので、格好だけ合わせている――真の「団結(異体同心)」とは正反対の姿である。
 紂王のぜいたくと無慈悲。だれもがその実態を知っていた。とても尊敬はできない。利害でついているだけである。心は離れていた――王朝は滅んだ。
 国の滅亡を、″象牙の箸″一つで予見した箕子は、まことに「人間を知っていた」というべきであろう。(=殷滅亡後、「周の武王は箕子を朝鮮に封じた」と、『史記』は伝える。これが「箕氏朝鮮」のもととされる)

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