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日蓮大聖人・池田大作

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文京、台東、北、板橋区代表者会議 ″知の時代″へ学びに学ベ

1989.12.24 スピーチ(1989.8〜)(池田大作全集第73巻)

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1  未来はすべて君ら青年2肩に
 本日は、青年部の友らが集っての代表者会議である。創価大学、創価学園に学んだメンバーも数多く参加しておられる。創価の出身者と聞くと、私は胸が躍る。喜びが弾む――。私の創立した学舎に集い、学び鍛えた諸君こそ、私の希望であり、喜びである。これからの見事な成長を、深く強く期待している。
 創立者にとって、諸君の活躍が、どれほどうれしいか。どれほど誇りであるか。それは創立者にしかわからぬものかもしれない。慶應義塾大学の福沢諭吉、早稲田大学の大隈重信らの思いも同じであったにちがいない。
 また、次元は異なるが、創価学会の創立者は、牧口先生である。そして、そのすべてを引き継がれた第二代の戸田先生――。お二人が心血をそそいで築かれた広布の舞台で、世界の同志が歓喜し、活躍している姿を、どれほどお喜びになり、満足されていることか。それが第三代の私には、胸に迫ってきてならない。
 ともあれ、諸君とこのようにお会いでき、私こそ心から感謝し、歓迎申し上げたい。(拍手)
2  マカオとマカオ東亜大学の歴史
 さて、きょうも少々スピーチをさせていただき、大切な集いの意義をきざんでおきたい。
 諸君は若い。今、頭脳にきざみ、覚えたことは、生涯の血肉となり、生きた知識となる。しかも時代は「知の戦国時代」の様相をますます深めつつある。知力なき人に勝利はない。満足もない。
 その意味からも、私は論じておきたい。ありとあらゆる歴史や思想を――。そして諸君に呼びかけたい。頭脳を鍛え、知性を磨きぬけ、と――。
 そうした訴えが、必ずや、後世への確かな光明となり、くさびとなることを、私は確信する。(拍手)
 昨日、マカオ東亜大学(現、マカオ大学)の薛寿生せつじゅせい学長と有意義に会談した。
 同学長とは、十年前にも香港でお会いしている。また、かつて創価大学に、香港中文大学の交換教授(当時、同大学の連合書院院長)としてこられた方でもある。私にとって縁の深い方と思っている。
 一つの出会いから、次の出会いが生まれる。新たな道が開かれる。出会いというものの価値は、容易には計り知れないものである。ましてや仏法に偶然はない。すべてに意味があり、一切が深き因果の理法の表れである。
 ゆえに私は、出会いを大切にする。どなたと会っても、決していいかげんな気持ちでお話ししたことはない。つねに最大の誠意と真心で対話してきたし、これからも変わることはない。それが深き人生のあり方と信じているからである。
 さて、マカオは″西洋と東洋の出あいの街″といわれる。ここにポルトガル人が住み始めたのは、香港にイギリス人が来るよりはるかに早い。すでに一五五七年には、ポルトガル人の居住権が中国・明王朝から認められている。以来、貿易、また文化・学問を伝える中継地として、アジアとヨーロッパを結ぶ重要な拠点となった。
 当時、日本は、室町時代末期。織田信長や豊臣秀吉が活躍を始める時代である。そのころ、わが国にとっても、マカオは、世界への大切な中継地であり″窓″でもあった。
 マカオ東亜大学は、マカオ初の最高学府として一九八一年に創立された。創価大学より十歳若い大学である。
 以来、発展はいちじるしく、設立時に百五十七人であった学生は、今や千人を超え、通信教育等を含めると、約八千人の学生が学んでいる。卒業生も二千人を数え、社会のあらゆる分野で活躍している。
 せつ学長は、ぜひとも創価大学と交流したいと率直に話してくださった。私も大賛成である。明春にも両大学の間で正式の交流協定が結ばれる運びである(=一九九〇年一月に締結)。将来、両大学の強き絆は、アジア、そして世界にとって、きわめて重要なものとなるにちがいない。
3  「青年は民衆の大船」
 同大学では、マカオの将来を展望し、青年の育成に全力をあげておられる。
 青年――まさに未来は青年にかかっている。現在、世界で起こっているさまざまな変革にしても、青年が民衆の先頭に立って、大きな役割を果たしている。青年こそ、民衆の未来を決しゆく希望の存在といってよい。
 戸田先生はよく「青年は民衆の大船」と言われていた。その「大船」である青年を、どう育成していくのか。教育の担う使命の大きさは、どれほど重視しても重視しすぎることはない。創価大学が人間教育の理想をかかげ、青年の育成に全力で取り組んでいるのも、この使命感からにほかならない。
 さらに、それほど大事な教育の任にあたる人もまた、幸せである。
 御書には、「花は根にかへり真味は土にとどまる」――咲いた花は根に還り、そのものの本来の性分は土にとどまり、大地に還る――と教示されている。
 この「報恩抄」の一節は、大聖人が御自身の功徳が旧師の道善房に帰していくことをお示しになったものである。そのうえで「教育」活動に敷衍して考えれば、青年を育み、成長させていく労苦は、そのまま″大地″である教育者自身の″滋養″となって還ってくる、ともいえよう。
 いかなる分野であれ、骨身を惜しまず後輩の育成に尽力した人には、その労苦が輝かしき心の財産としてきざまれ、必ずその人自身の生命を豊かにしていく――。
 いわんや私どもは仏法者である。人々に大仏法を教え、広布の人材を育てている。その労苦が、自身の福徳をどれほど増しゆくことか。どうか、このことを深く確信していただきたい。(拍手)

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