Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第1回アメリカ東部代表者会議 ″壮大なる魂″で壮大なる広布の道を

1987.2.7 スピーチ(1986.11〜)(池田大作全集第68巻)

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1  努力と精進に所願満足の人生
 地元マイアミの友の、絶大なる労作業の結晶として、研修道場が立派に完成した。心から『おめでとう』と祝福したい。とともに、この労作業にたずさわってこられた方々の氏名を銅板に刻み、研修道場の一角に永久に保存し、その功労をたたえたい。
 この研修道場は、御書を研さんし、信心と異体同心の団結を強めゆく修行の場である。一人一人が地涌の勇者の広布への使命を自覚し、楽しいファミリーとしての連帯を結びゆく道場でもある。どうか、これからもウィリアムス理事長を中心に、また地元の本部長を中核として、朗らかに、仲良く、笑顔で、前進していただきたい。たとえ、弘教が思うように進まなくても、また御書の研さんが十分にできなくても、さらに唱題を重ね、所願満足の人生を生き抜いていただきたい。
 皆さま方の、今日までの唱題と広布の労作業によって、マイアミの未来発展の種子は植えられ、盤石なる土台が築かれている。必ずや、現在の幾十倍の弘教の開花と人材の輩出をみるにちがいないと確信する。
 リーダーの立場にある皆さまは、大変な労苦のときほど、余裕をもち、笑顔を忘れないでほしい。それを、困難だからといって冷静さを失い、感情的になっていくようでは、リーダーとはいえない。何があっても、余裕しゃくしゃくと指揮をとっていただきたい。
2  何事にあっても、修行にはさまざまな苦労がある。楽なものではない。レスリングにしても、柔道にしても、技をみがくためには大変な労力がいる。またピアノの練習、学校での勉学、仕事での成功にも、努力は必要だし、多くの苦労がある。
 ましてや、私どもの信心は、永遠なる福徳を開き、仏界の生命の「我」を確立しゆく仏道修行である。修行であるがゆえに苦労はある。しかし、妙法の世界は、苦労すればするだけ、努力すればするだけ、煩悩即菩提で、大きく福運を積み、功徳を開いていけるのである。これが仏法と信心の、幸福への方程式であることを再確認していただきたい。
3  たとえば弘教にしても、一生懸命に頑張っているが、思うように進まないことがある。また、さまざまな願いを込めて御本尊に祈っても、それらが叶わないように思える場合がある。
 しかし大聖人の仏法は「下種仏法」であり、「因果倶時」の仏法である。ゆえに、弘教への努力、御本尊への祈念は、すぐには実を結ばないようにみえても、時とともに御仏意によって必ずや花開いていくのである。これが、南無妙法蓮華経の偉大なる功徳力である。大事なのは、不退の信心の一念と絶えざる努力、精進であることを忘れてはならない。
 どうか、信心は、精進と努力がある限り、必ず所願満足の人生となっていくことを確信し、楽しく、かつ真剣に、日々の活動に励んでいただきたい。

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