Nichiren・Ikeda
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昭和二十九年(一月)
「若き日の日記・上」(池田大作全集第36巻)
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1 一月九日(土) 曇
日亨御隠尊猊下の御指南を賜り、畑毛にて、御書の再校正。
尊い仕事。大事な厳粛な仕事である。
春暖の陽気に、皆、不思議に思い、歓ぶ。
教学を深めねばならぬ。哲学を深めねばならぬ。
教学が、学会の骨髄になってゆく事は必定であるからだ。
指導者の第一の必須条件となるからである。
情熱も大切。実践も大事。それに、英知が、更に重要となるなり。
畑毛、T旅館に一泊。実に低温が名物の温泉に入る。教授陣、みな楽しそう。
2 一月十一日(月) 曇
寒い、寒い一日であった。
本年度、最初の青年部幹部会。
神田、教育会館。
六時開会。集合人員、約九百名。
戸田先生を迎え、その歓び、限りなし。
終了後、約一時間、別室に於て、新年宴会を催す。
先生、次代の学会の世界は、学会の礎は、青年部なりと。皆に託すなりと指導さる。
元気よく「一高寮歌」を歌う者あり。「荒城の月」を最後に、荘重にして、剛毅な合唱で、九時三十分、幕となる。
先生の最後の言葉あり。
「私は、断じて、革命を断行してゆく。而し、私の革命は、慈悲と道理による、無血革命なり」と。
耳朶に殷々と残る。
3 一月十二日(火) 薄曇
寒い一日であった。
元気になられて来た先生のお姿に、胸躍る。嬉しい。先生さえ、おられれば、お元気なれば、私は、万々歳なり。あとは、怖いものは、世界にこれ全く無し。
六時、支部長宅、班長会議。
幹部を叱る。可哀想に。心で謝る。
而し、全軍の前進の為には、己むを得ぬ時もあるものだ。
班長会終了後、十一時まで―――幹事会。
遅いので、壮年幹事は、疲労の様子であった。青年と壮年の、年齢差を考えての会議でなくてはと、帰り道、一人念う。