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日蓮大聖人・池田大作

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人間の魂に触れる詩 ホイットマン『草の葉』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

前後
1  「仲間よ、これは書物ではない、これに触れる者は人間に触れるのだ」
 ──なんと自信にみちた言葉だろう。仲間とは庶民である。詩人は、庶民の感情を詩に託し、高らかに胸を張って歌っている。
 若き日、ホイットマンの詩集『草の葉』を手にしたとき、真っ先に閃いた印象である。頁を繰ると、自由を謳い、平等を愛し、友情を讃える詩が胸を打つ。民主の叫びが聞こえる。
 私は当時、数えで二十三歳だった。この本は、私の青春とともにあった。二十代の私にとって、この書は勇気・未来・熱情を心に吹きかけてくれたものだ。
  
  ″人の自主″をわたしは歌う、素朴な、個の人間を、
  が、それにもかかわらず口にする、″民主的″という言葉を、″大衆と一緒に″という言葉を。
  
  生理機能なら、頭のてっぺんから足の爪先にいたるまでわたしは歌う、
  ただ面相だけばかりではない、脳味噌だけばかりでも、一本立ちでは″詩神″にとって価値はない、あえて言う、五体そろった″形態″こそはるかにより価値があるのだ、
  ″女性″を″男性″と平等にわたしは歌う。
2  これを「″人の自主″をわたしは歌う」との『草の葉』冒頭の題詩の一節。彼は底知れぬ情熱と、活力溢れる生命を讃歌し、陽気で、奔放な行動力の新たな人間を、心からの共感をこめて歌った。
 また彼は、素朴で広大なる自然を歌った。瑞々しい草の葉、青草の大地に生きる庶民への人間愛、貧しくとも緑の新天地を求めゆく開拓者たちを歌った。彼の詩は、民衆の誰もが共鳴しうる「人間の詩」だ。まさしく人間の魂に触れる詩といってよい。
3  逆境の中から歌い出す
 アメリカの「国民詩人」といわれたウォルト・ホイットマン。彼はニューヨーク州ロングアイランドの小さな村、ウエストヒルズに生まれた。貧しい農家の九人兄弟の上から二番目、家族からは「ウォルター」と愛称された。
 大工仕事が好きだった父親は、ウォルターが四歳のとき農業をやめ、住みなれた土地を売り払ってブルックリンに移り住んだ。だが、子だくさんの一家の生活は苦しく、ホイットマンも十一歳で通学をやめ、小学校五年までしか行かせてもらえなかった。
 働きに出た少年ウォルターは、弁護士事務所の給仕を皮切りに、医師の家で使い走りをしたり、さまざまな職を転々とする。少年は、やがて印刷所の植字工見習いになり、何よりも「活字」の知識を身につけたことが生涯の財産となった。文学書を読みあさり、新聞に論文や随筆を投書するまでに成長した。いわば「活きた学問」を身につけて大きく育ったのである。
 少年ウォルターは、十四歳のとき家を出て自立し、その後、十七歳のときから小学校の教師を務めた。生徒の家に寄宿して学校に通い、二年間に七校も変わったという。成人すると、大統領選挙などでは支援の活動にも積極的に参加したが、建前と本音の違う政治の世界に失望し、やがてジャーナリストとしての道を歩むことになる。
 二十二歳のときニューヨークに戻ってからは新聞の植字工をしたり、また記者としても活躍した。彼は若いころに二十四篇の小説を書き、そのうち一篇は二万部も売れるなど、多様多彩なる文筆活動を展開した。一八四六年三月(二十六歳)には、ブルックリンで発行される新聞の主筆にまでなった。
 念願のジャーナリストである。彼は、社説に書評に劇評にと縦横無尽の筆をふるった。しかし、奴隷制度廃止の意見で社主と衝突、退社のやむなきにいたる。彼は急進的ではないが、熱心な奴隷解放論者であった
 若きホイットマンは、信念の筆を決してげなかった。かえって逆境を発条に、新しい世界に挑戦していったのである。アメリカ南部を旅行し、いくつかの新聞に記事を書くかたわら、父親の仕事を手伝ったりした。バスの運転手や渡船夫、街の労働者など多くの友人を得た。庶民とともに、懸命に生きぬくなかで、真の人間の魂の息吹を吸収していったのであろう。このことが、あとで『草の葉』の「国民詩人」として庶民の共感を得る土壌ともなっている。ホイットマンは三十二歳ごろ、みずからブルックリンに建てた家で印刷所と書店の経営を始める。そして、逆境にあっても雑草のように強い詩人として、彼は人間の魂に触れる詩を歌おうとしたのだ。
 また「何の拘束も受けず、本来の活力のままに」、己のヴィジョンを語る詩人たろうとしたのである。詩人として立つにあたり、こんな自戒の言葉を書きとめている。
 「わが詩は──簡単明瞭であること──超自然であってはならぬこと」
 「これから幾世紀の後までも流用さるべきもののみを取り入れることに注意せよ」
 「完壁な詩歌とは、単純で健康で、自然であること──天使やギリシア神話の怪物どもの出てこないこと、不潔でないもの、消化不良や自殺的意志のないもの‥‥」

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