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日蓮大聖人・池田大作

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E.ケネディ上院議員  

「私の人物観」(池田大作全集第21巻)

前後
1  「もし弟たちを愛した男があったとすれば、それはジョン・ケネディであった。もし兄を愛した男があったとすれば、それはロバート・ケネディであった。もしすべての人間は兄弟のように愛し合うべきだと教えた二人の男がいたとすれば、それはジョン・ケネディとロバート・ケネディであった。これが『ケネディの遺産』の核心である」(シオドア・C・ソレンセン著『ケネディの遺産――未来を拓くために』山岡清二訳、サイマル出版会)
2  小春日和の静かな朝だった。
 会談の部屋が、広い窓から入る日差しに満ちて明るい。その光を背にしたエドワード・ケネディ氏のシルエットは、大柄で逗しく、フロンティア精神の塊といった精惇さを秘めている。同時に、若々しく、容量の大きなナイーブさが無類である。
 「わが家で最も天性豊かな政治家」と、兄たちはエドワードを評したという。眉根つきといい、笑顔といい、故大統領ジョンをしのばせる風貌である。たしかにあふれんばかりの天性の魅力がうかがえた。
 慌しい滞日スケジュールである。中国訪問の帰途、京都、広島を経て、本年一月十一日の夜、氏は東京入りしていた。東京滞在はわずか二日間という短い日程をさいて、翌十二日、私との会談となったのである。
 部屋には扇子を描いた屏風や竹の鉢植えが置かれ、日本情緒が幾分かでも薫るようにしてあった。壁に掛かる京都風の絵が話題になったが、ケネディ氏は、三人の兄弟ともに京都にはなじみが深い、と大変に懐かしそうだった。
 訪中を終えたばかりの氏からは、興味深い中国事情や米中関係、日中関係をめぐる意見を聴くことができた。また、核軍縮と南北問題についても意見を交換した。私は、核兵器廃絶に向かって全生命を賭しても奔走しゆくことが氏の使命であろう、と申し述べた。氏は大きくうなずいて、核絶滅は人類共同の目的として取り組むべきだ、と賛同してくれた。
3  部屋の奥深く差し込む日差しを浴びて、ケネディ氏の旅行に同行している中国、アジア問題の権威者コーエン・ハーバード大教授らも、静かに会談の成り行きを見守っている。
 ケネディ氏の論点は、刻下の国際問題から、しだいに政治的倫理と社会正義の問題へと深まりをみせていった。南北問題は、先進諸国の道義的責任にかかっている。ベトナム問題もアメリカ圏内の人種問題も、政治の力より以上に、道義的な観点こそが決定的な影響力になった――氏はそう言って、道義感覚の高揚の重要性を指摘したのである。
 私は″人間″を視点に据えて、人類共同体の精神を形成していくべきだとの所信を述べ、氏の人間的な発想を評価した。
 すると氏は、「より大勢の人びとが互いに理解し合い、尊敬し合っていくためには、自らが人間的行動を起こし、精神対精神の理解を深めていくしかないと思っています」と答えた。
 私は大賛成だ、と述べて、氏個人としてのモットーを尋ねてみた。
 「私の最大の挑戦は、米国民の威厳を重んじ、尊敬し、理解し合っていける人間関係をつくりあげていくことです。国内政策のあらゆる面の根底に、互いの人格尊重をおかねばなりません。これが歴史と運命がアメリカ合衆国に課した使命であると思っています。この点が進めば、(アメリカは)世界にも十二分に力を発揮するでしょう」
 ケネディ兄弟の政治精神の一つに、弱い者、貧しい者への理解と同情があることはよく知られている。リベラルで、進歩的で、弱者の側に立ち、国家、国民に奉仕することがケネディ家の家風であり、教育方針でもあったという。またとなく愛し合った兄たちが″人間愛″という教訓を残したとすれば、それは氏の発言のなかにも色濃く受け継がれている。
 氏は言葉をつづけた。
 「アメリカは経済的にも軍事的にも最大の国であるがゆえに、自己抑制の精神とともに、最大の寛容の精神をもつことが必要です」
 その話を聴きながら、四十五歳という横溢する若さのなかにも、人間的な魅力がしだいに光を増しつつあることを感じた。
 最後に氏は、あの魅力的な″ケネディ・スマイル″を見せながら、強い調子で言った。
 「復帰すべきところは″人間″であるということです。″人間に帰れ″ということです」
 私は「そのとおりです。人間すなわち宗教です」と答えた。
 氏はこれまでに、さまざまな悲運に際会している。そういう試練をくぐりぬけて、人間性の幅広さ、豊かさを加えつつあるようだ。対談するあいだ、背後から照らす光のなかで、ふと氏の横顔に一抹の孤影の差すのを感ずることがあったが、それは氏の内面的な深みを示すものであるかもしれない。
 再び明るい小春日和の街なかへと去っていく一行の車を見送るとき、私は一種の感慨を禁じえなかった。
 兄たちは不幸な終末だったが、氏は幸運な人生であってもらいたい。そのために勇気と知性と想像力とエネルギーを発揮し、同時に謙虚で慎重な生き方であってもらいたい。ケネディ家の最高の栄光と、最悪の悲運とを一身に味わい、今は静かに余生を送る八十八歳の母親ローズ夫人も、心からそう願っているにちがいない――アメリカに、そして、世界に重要な影響を担う一人の人間の運命を思うとき、そんな祈るような気持ちで、氏の車を見送ったのである。

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