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日蓮大聖人・池田大作

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早春の賦・祈りについて 池田大作  

「四季の雁書」井上靖(池田大作全集第17巻)

前後
1  御書面拝読いたしました。若き日を追憶される御筆致に、あたかも梅の花が一輪一輪、綻び咲くかのような香りを感じ、また爽やかな文章の行間ににじみ出ている井上さんの、祈りにも似た思いに深い感銘を覚えました。
 ふと、文は人なりという古言を思いました。私はさらに、文は生命なりと言い換えたいと思います。河井寛次郎氏や植田寿蔵博士への懐旧の憶いが、何よりも御自身の今の御心境を深切しんせつに写し出されているように思われました。故人の在りし日々の所作振舞いが、驚くほど鮮かに眼前に映発えいはつしてくるようでした。
2  仏法では、人間胸中の一念は、刻々に三千の諸相を呈する、と説いていますが、内にこみあげてくる歓びは、明るく彩られた詩となりましょうし、見えない一念が、苦悶に縛られていれば、文にはやはりそのあえぎが現れて出てくるものではないでしょうか。
 門外漢の言を許して頂ければ、文学とは、揺れ動く命の波動をとらえ昇華したもののように思われます。人間の本性に深く錘鉛すいえんを下していく文学の営みは、人間性の陥穿かんせいと時代の閉塞とを克服していく行為でなければならないと考えられます。
 さりげなく認められた御書簡のなかに、いつもながら、玲朧とも言いたいような御心境の発露が窺われ、つい冒頭から、あらずもがなの所感を記してしまいました。お読み捨て下さいますように。
3  井上さんが京都に在られて、静謐な味わい深い日々を過ごされていた頃、私はまた私の性として、繁忙な日を過ごしておりました。今月上旬から、福岡、鹿児島、大阪、奈良、京都、愛知と旅を続けております。年頭以来、旅から旅への連続をいたしておりますと、青年の頃読み耽った芭蕉の俳文紀行などが、思い出されたりします。
 現代の交通機関の便利さや、こみいったスケジュールでは、とても旅情を愛でるといった余裕もなく、また、そんな風雅は、自体私の柄でもありません。しかし、自分が踏み破った草軽の数だけ、詩人としての夢を実現したという芭蕉の、いわば何かに憑かれたように、心に一筋懸け続けていたものへの共感は、私にも強くあります。それはともかく、私の旅には、行く先々での人々との心の触れ合いという、かけがえのない楽しさがあります。

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