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日蓮大聖人・池田大作

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芸術家・学者 井上 靖  

「四季の雁書」井上靖(池田大作全集第17巻)

前後
1  一週間ほど前に、書斎の前の梅の木が小さい白い花を一輪着けているのを見付けましたが、今日庭に降り立ってみると、あちらにも、こちらにもというように、たくさんの花が開いておりました。例年より十日ほど早い梅の開花かと思います。
 いつからのことですか、梅の花の咲く時季が堪まらなく好きになっています。毎年のように梅の花の咲くのが待たれ、それの散るのが惜しまれます。大気はまだ真冬のつめたさですが、春はついそこに来て、静かに自分の出番を待っている感じであります。
 梅が一輪咲いたのを見付けた日、京都に発ちました。ある出版物の監修を引き受けており、その打ち合せのための京都行きでしたが、その用事は一晩ですみ、あとは久しぶりに京都の二月を楽しみました。
2  京都もまたこの二月の中旬頃が一番いいようです。三月になると、ちらほら観光客が現われ始めますが、二月のうちは京都の町の人の京都になっております。一見してすぐ判る京都の人たちが、自分たちの歩き方で自分たちの町を歩いております。
 私は京都とはかなり深い関係にあります。大学時代も、大学を終えて社会人になってからの何年間も京都に住んでおります。終戦前後は大阪府の高槻市に居を構えましたが、それまでは京都から、勤め先きである大阪の毎日新聞社に通いました。新聞記者としての仕事も京都が多く、毎週一回や二回は京都に来て、大学を廻ったり、美術家の家を訪ねたりしておりました。
 こんど京都の町を歩きながら、京都の町にはずいぶんたくさんの知人が眠っているという思いに打たれました。私が若い新聞記者として訪ねた学者も、美術家も、その大部分の人たちは今は故人になっております。いろいろ世話になり、感化も受け、自分自身を造る上に大切なものを貫っておりますが、さしてお礼を言わないうちに、いつか相手の人たちはこの世を去っております。京都には私の妻の両親も眠っておりますし、生れたばかりで亡くなった私の次女も眠っております。
 自分は現在、たくさんの生きている人に取り巻かれているが、それに劣らずたくさんの死者に取り巻かれている、そんな思いを、こんどの京都旅行で持ちました。そうした曾て親しかった故人たちが一番多く眠っているのは京都の町であります。知恩院に行っても、法然院に行っても、そうした人たちのお墓がたくさんあります。
 これまで京都へ行って、このようなことを考えたことはありませんが、こんどは滞在三日間、このような思いに揺られて過しました。人間というものは、多少の長短はあっても、それぞれ受持ちの時間を生き、そしていつとはなしに交替してゆくものである。そんな思いであります。そしてその交替は瞬時の休みなしに行われております。今年になってからだけでも、京都の町で三人の、曾て一時期親交を持った人たちが他界しております。
 そうした私とは深い関係にある京都という町の二月を、生きている人間の特権として、いろいろな思いに揺られながら歩きました。
3  新聞記者時代に京都に来ると、何か用事を考えては、五条坂の陶工の河井寛次郎氏のお宅を訪ねました。若い無名の新聞記者を、氏はいつも対等に遇して下さいました。
 ――すばらしいものを見付けましたよ。どうです、これは。
 そんなことを言いながら、沖縄の陶器だの、どこのものとも判らぬ器などを持って来て、私の前に置きました。
 ――ちょっと、これだけ豊かなものはないでしょう。
 そう言われると、私の眼にも、それが豊かなものに見えて来るから不思議でした。河井氏は、それからそれがいかに豊かであるかを情熱を以て説明し、それを見付けた時の感動やら、それをいかにして手に入れたかというようなことまで、一種独特の聞く者の心を吸い上げるような熱っぽい口調で語ります。時には初めから終りまで、自分が発見した美しいものについて語り、そこから話題を変えない時もありました。
 私は氏から、いかなるものでも、自分の眼で見なければならぬということを教わりました。言うまでもなく、氏は柳宗悦、浜田庄司氏等と共に、いわゆる民芸運動なるものをおこし、そのまん中に坐っていた人でありますが、私はそうした運動とは別に美術鑑賞の個人教授を受けていたようなものであります。私は河井寛次郎氏から、芸術家というものがいかなるものかを教わり、美しいというものがいかなるものであるかを教わりました。

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