Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

忘れられた「死」  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

前後
1  池田 さて『一世紀より長い一日』では、主人公エジゲイをして「世の中はどうなってしまったのだろう! 連中にとってはこの世のすべてが重要らしいが、その重要なことのなかに死ぬということがはいっていない」「死が連中にとってつまらないことだというなら、生きること自体が価値を失ってしまうではないか。生きることの意味はどこにあるのだろう? 連中はいったい何のために、どのような生き方をしているのだろう?」(飯田規和訳、講談社)と、葬儀にまつわる態度の相違にからめて、町から来た者に対する疑問と憤慨を語らせておられます。
 彼の憤慨は、おそらく、近代社会の中で「死」が生活の中から排除され、「負の存在」として位置づけられてきたことへの怒りと、「生」は「死」によってより価値あるものとなるという人生観にもとづいていると言えましょう。いわば「死」という、人生の総決算への敬虔な姿勢、「死」から「生」を逆照射していくかそうでないかによって、人生の意味も人の「生きざま」も、質的に大きく異なってくるという考察がここにはあると私は思います。
 これは、都市化や近代化への鋭い告発でもあります。総じて近代文明は「生」の絶対化、「生」の無限延長の上にのみ、進歩や幸福を考えるというオプティミズム(楽天主義)を基調にしてきました。
 そうした「生」中心の文明が底の浅いものであり、進歩の外装の中に恐るべきニヒリズムをひそめていたことは、いまや明らかであると思います。先の「辺境」(=第二章、「『辺境』が生みだす文化の活力」の項)のところでもふれましたが、エジゲイの言葉は、そうした近代文明の根本悪を健全なる常識の立場から鋭く告発したものと言えましょう。
 数年前に来日した作家のラスプーチン氏も、日本のロシア文学研究者に「二〇~三〇年代には古いものなしでやっていけると考えた。農村の伝統など必要ないと。しかし、このことによって私たちは多くのものを失った」(川崎浹『複眼のモスクワ日記 オリンピック村団地の一年』中央公論社)と、語っておりました。
 ところで仏法では「死」の問題を、「生老病死」=四苦という、人間の存在にまつわる不可避にして本源的なテーマとしてとらえ、その解明から出発しております。また、「生」と「死」とは表裏をなすもの、不可分のものとしてとらえております。
 こうした見解をふまえて私は、「死」の解明なくして「生」の解明もまたありえないと思うのですが、いかがでしょうか。あなたの生死観についてうかがいたいと思います。
2  アイトマートフ 池田先生、お宅の炉を囲んでの私たちの対談の中では、人間の暮らしについてのさまざまな話のほかに、この底無しの、壮大なテーマも、避けて通ることはできないものと思っていました。「生」と「死」と言ってしまえば簡単ですが、まだだれもこのテーマの広がりの全体を見とおした人間はいません。おそらく、そのためには宇宙空間全体を見渡すことのできるような、無限に広い視野が必要になるでしょう。
 生き物として見るならば、一個、つまり人間が一人いて、独りで死んでゆく、ということにすぎません。わずかな時を生きる一つの魂、一つの生命にすぎないのに、どれほど多くのものがその生命の中にひそんでおり、人間にとって死という現象を理解することがどれほど深い意味をもっていることでしょう。
 人間はしばらくすれば死ぬことをよく心得ていながら、どうして自分の生存の一日一日を引き伸ばそうと努力するのでしょう? これも大きな謎です。
 それゆえに、生と死というこのテーマは、通りすがりのかたちで、部分的に、深い解釈を決して要求しないようなかたちでのみふれることができます。私にとってはこのテーマは荷が重すぎます。死についての議論と死についての描写とがあって、芸術家はどちらかと言えば描写するほうですが、その二つは別の事柄です。
 さて、手短にいきましょう。この問題に関して私は何を言うことができるのでしょうか? 科学の合理的な政策の観点から言えば、死は、生物学的発達の締めくくりとして完全に合法則的なものであり、不可避なものであり、目的にかなったものであります。
 しかし、心の内でそのことが納得できるでしょうか? 否です。死を迎えつつある時でもそうだと思います。というのは、もう一つの観点があって、精神の見地からすれば、死は、癒すことのできない、解決不可能な哲学的問題だからです。一見単純そうに見えて、ひどくとらえどころのない問題です。死についての人間の思いは、それゆえに、死の瞬間まで果てしなくつづきます。
 かくして、あらゆる場合において、死は新しい悲劇であり、いまだ経験したことのない新しい衝撃であり、あらゆる場合において、最後の境界線であり、どうして人間は死ななければならないのか、といういくら問えども答えが返ってこない状況の中で突然襲ってくる、思考の終焉です。普通私たちは絶望して死を呪います……。
 一般的に言えば、この問題について皆がそれぞれ自分の考えをもっています。人間の数だけ、考えがあります。
 私に関して言えば、私はこの場合、死を前にしての人間の責任のテーマとして、自分自身に対する責任と、より多く、他人に対する責任にふれてみたいと思います。
 あなたはこの点に関して、『一世紀より長い一日』の主人公のエジゲイの憤慨を挙げられました。たしかに、私はエジゲイを通じて、その点に関しての民衆の意識に固有の生活の知恵のようなものを、実際の経験と哲学とをあわせもつ民衆の生活原理を語ろうとしました。そこから死に対する恐怖と尊敬、賛美と絶望、種の存続に対する期待とが入り混じるのです。
3  ある社会が死に対してどういう考え方をしているかということは、多くのことを物語っています。歴史だとか、人生哲学だとか、宗教的崇拝の在り方とか、道徳やモラル、伝統や風習などです。
 全体主義の時代には、私は二十世紀を念頭においているのですが、人間の死に対する反応は、さらに、イデオロギーや、政治や、国家的服従関係などの性格をも物語っています。たとえば、職務上の地位を考慮に入れて国家権力が定めた序列にもとづく葬儀などです。
 エジゲイはそのようなものが存在するとはつゆ知らずに、彼の親しい人間の葬儀で、まさに死に対するそのような軽蔑的で恥知らずな態度にぶつかり、そのことがこの小説の物語の展開のきっかけとなっているわけです。
 たしかに、さまざまな考え方がありえます。ある場合には、ある時代には、人々は出会いの挨拶に「 死死を忘れないように」と言い、そのことによって道徳の本質を忘れないようにしていましたし、また別の場合には、たとえばソビエト時代には、生命の値段は、まず第一に、階級的、イデオロギー的、国家的利害の中での必要度に応じて決められていました。なぜならば、個人というものは、そのものとしては何の意味ももっていなかったからです。
 死はいまいましい偶然として受け取られ、それ以上のものではありませんでした。そこから人間の命に対するニヒリズム、軽視が生まれ、生命の価値と意義に対する歪められた理解が発生しました。
 思いますのに、イデオロギーにもとづく自己犠牲的行為の英雄視や理想化は、人間に対する抑圧や強制の一つの手段です。この点に関して、私はあなたに、第二次世界大戦中の日本の“カミカゼ”のような現象をどう考えていらっしゃるかをお尋ねしたいと思います。
 そのことは考えるたびに、身が震えます。もしかしたら、私は認識不足なのでしょうか? 敵の死は幸福であり、成果であり、敗者を殲滅することは有益な、立派な行為であるという、一般に通用している紋切り型の考えにどのように対処したらいいのでしょう? そのことを背景にして考えれば、カミカゼの死は病的現象に見えないでしょうか。
 「死を忘れないように」
 「メメント・モリ」。ヨーロッパ中世に一般的だった訓戒。
 カミカゼ
 爆弾を積んだ飛行機もろとも敵艦に体当たりする神風特別攻撃隊。

1
1