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日蓮大聖人・池田大作

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5 ワイマール体制の崩壊  

「21世紀への人間と哲学」デルボラフ(池田大作全集第13巻)

前後
1  池田 ワイマール体制下で、ドイツには自由主義の花が咲きましたが、それが、またたくまにヒトラーのナチズムの台頭をまねいて、帝政期以上の全体主義的統制におちいっていったことは、よく知られているとおりです。
 この急激な転換をもたらした要因は、いったい何であったのか。この問題をめぐる政治学的・社会心理学的研究は枚挙にいとまがないほどですが、教授のお考えでは、何がもっとも根本的な要因であったのでしょうか。
 ヒトラー(一八八九年―一九四五年) ドイツの独裁主義・全体主義的政治家。ナチス党主。反ユダヤ主義とドイツ民族の優越性を説き、三四年、総統となって独裁権を手に入れた。世界征服の野望実現のため侵略政策を強行、第二次世界大戦をひきおこす。
2  デルボラフ まず留意すべき点として、ヒトラーは、全体主義理念の貫徹という点では、ドイツ帝国内では、後日オーストリアやズデーテン地方で達成したほどのめざましい成果をあげておりません。ヒトラーの台頭は、むしろ明らかに阻止されていたのであり、一九三三年のヒトラー独裁権力を公的に許した全権委任法も、さまざまな圧力と威嚇なしには成立しえませんでした。
 こうした民主主義的政体から全体主義的国体への急変が、ドイツだけの特例ではないということは、ムッソリーニが一九二二年にやはり独裁政権を樹立したイタリアの運命にも見ることができます。
 さて、あなたのお話のなかにあるように、多くの歴史家や政治学者がこの変遷を三三年のドイツの特殊事情から説明していますが、本質的には、つぎの四つの要因があげられます。
 一、一九一八年のベルサイユ条約でドイツに課せられたにがい犠牲と屈辱。
 二、ドイツとオーストリア両帝国の崩壊後も存続していた旧来の領主制の反民主主義的伝統。
 三、ドイツのワイマール共和制とオーストリアのウィーン体制という民主主義政体の明らかな構造的欠陥。
 四、最悪の時期でオーストリアの全人口に相当する六百万人もの失業者を出したワイマール共和国の、二〇年代後半における構造的経済危機。
 ワイマール体制では、国民選出による議会と大統領という二つの決定機関の機能喪失がひんぱんにおきたり、多くの政党が乱立したため統治力のある多数派が議会を占めることができなかったことなど、その失敗のくりかえしが民主主義を嫌悪させる趨勢をつくっていったのです。
 オーストリアでは、好戦的な社会主義と、それに輪をかけて戦闘的なナチスとがはびこり、民主主義的政府に対し独裁主義的報復措置をとるよう仕向けました。事実、当時の連邦首相であったシューシュニックの時代に、独裁主義的改憲にまでいたったのです。
 社会主義とナチズムは、前者はソ連の威光を借り、後者はヒトラーの帝国を背景にしながら、勢力を拡大しました。一九三四年二月の社会主義者による暴動は、同年七月のオーストリア・ナチスの反撃によって急激かつ徹底的にくつがえされ、四年後にはオーストリアはドイツに占領されてしまいました。
3  池田 この問題をとくに社会心理学的に分析したエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』(一九四一年刊)は、いまでは古典的名著となっています。その題名の示すように、大衆化社会においては、人々は“自由”による孤独に耐えられず、全体主義的体制を求めるにいたったと分析しています。
 もちろん、フロムは、ドイツ人の民族的特質や、当時の政治的・経済的・社会的現実とのからみあいで、この推移を分析しているのですが、この心理分析は、それがドイツだけの問題でなく、現代のあらゆる国々に潜在している危険性であることを示しており、現代の人間社会全体に対する鋭い警告の書となっているといえましょう。
 事実、フロムは、その後、人類社会全体の問題として、物質的豊かさの反面に進行する精神的貧困化、本能的衝動によってふりまわされる現代社会の混迷を指摘し、『正気の社会』(五五年刊)、『希望の革命』(六八年刊)等の注目すべき著作を世に問いつづけたのでした。
 現代人は、中世から近代への巨視的な流れを自由の拡大の歴史ととらえ、また、人間は本然的により大きい自由を求めるものであり、自由を捨てて全体主義的統制へ逆行しようとすることはありえない、と盲信しています。これは、自由を捨てて統制へもどるかもしれない危険性を見過ごさせてしまい、現実にそうした逆行がおこなわれていても信じなくさせ、そして、強大化した権力によって暴逆な人権抑圧がなされていくのを、みすみす許してしまうこととなります。これは、まことに恐ろしいことであり、その危険性を人間に普遍のものとして警告したフロムの業績は、じつに大きいと私は考えます。

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