Nichiren・Ikeda
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第十四章 仏法の眼・医学の眼
「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)
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1 医学に必要な確固たる生命観
―― インドのガンジー首相と会見(一九八五年十一月)されたようですが。
池田 いたしました。
―― 赤坂(東京)の迎賓館でしたね。
池田 そうです。私どもにとって、インドは仏教発祥の恩人の国です。またこの(一九八六年)一月、「核の脅威展」を首都ニューデリーで開催しますもので、そのお礼に行ってまいりました。
屋嘉比 インドでですか。それは素晴らしいことです。
―― すると、世界で何カ国目の開催になりますか。
池田 たしか十二カ国目と思います。
―― ガンジー首相は、四十一歳とのことですが……。
池田 そうです。首相のお母さんは、たいへんに残念なことをしました……。その遺志を継がれた若き指導者が、世界の桧舞台に登場したことは、私は本当にうれしく思いましたね。
じつはインドは、私の恩師、戸田第二代会長も、非同盟諸国の中心として、高く評価していたのです。
会談の内容は機関紙に出ていますので、詳しくはそれを読んでください。(笑い)
ところで屋嘉比さん、やはり年末は病院も忙しいのでしょうね。
屋嘉比 ええ、寒さが増すと、カゼをひく人が多くなりますし、入院している患者さんの具合が悪くなる場合もあります。
また年末年始で、飲み過ぎ、食べ過ぎの人も増えますからね。(笑い)
―― わざわざ東大病院に来るんですか。
屋嘉比 付近の人がみえますし、せっかく胃腸がよくなったのに、暴飲暴食でまた来る人もいるんですよ。
―― 休暇はとれるんですか。
屋嘉比 交代でとります。お正月の当直はクジ引きで決めるんです。(笑い)
池田 冬場の患者さんの傾向性はありますか。
屋嘉比 お年寄り、血圧の高い人、心臓の悪い人は、要注意です。
池田 そこで今回も屋嘉比さんに、いろいろおうかがいしたいのです。
なぜ、私がこのような質問をするかというと、仏法では、病気治療についても、「重病を療治するには良薬を構索し」と、あくまでも現実の医学の観点を重視したとらえ方もしているからなんです。
また、われわれの身体についても、「我が身は天よりもふらず地よりも出でず父母の肉身を分たる身なり」と、現実の姿をありのままにみていくわけです。
屋嘉比 すると人間の身体を、「天よりもふらず地よりも出でず」というように合理的にとらえるのは、仏法の基本的な考え方とみてよろしいのでしょうか。
池田 結構と思います。ですから御文には、「転子病」ということも説かれております。
屋嘉比 「転子病」といいますのは……。
池田 現代風にいえば、「遺伝病」といっていいと私は思います。
「転子と申すは親の様なる子は少く候へども此の病は必ず伝わり候なり」と説かれておりますから。
屋嘉比 驚きましたね。仏法は医学とも相反しないと、先生がおっしゃった意味が、私にもわかります。
他にもそうした御文はございますか。この際、勉強のため、ぜひおうかがいしたいのですが。
池田 少々、断片的で申しわけありませんが、屋嘉比さんのほうが、よくご存じなのでは。
「人に皆五臓あり一臓も損ずれば其の臓より病出て来て余の臓を破り終に命を失うが如し」という御文もありますね。
屋嘉比 おっしゃるとおりです(笑い)。心臓の悪い人は、肺の病状や肝障害が出てきますし、腎臓の悪い人は、血圧も高く、心不全や貧血も併発します。
池田 また、「鳥の卵は始は水なり其の水の中より誰か・なすとも・なけれども觜よ目よと厳り出来て虚空にかけるが如し」という御文もあります。
「なすとも・なけれども」というのは、生命それ自体のもつ働き、力用をいわれているわけでしょう。
屋嘉比 たいへんに興味ぶかい、しかも納得のいく内容ばかりです。
生命のもつ無限の発動性、能動性を見事にとらえられている。
池田 お母さんが赤子を育児する姿についても、「胸にかきつけ懐きかかへて三箇年が間慇懃に養ふ、母の乳をのむ事・一百八十斛三升五合なり、此乳のあたひは一合なりとも三千大千世界にかへぬべし」ともおっしゃっておられます。
屋嘉比 まさに、三歳育児が大切なことがわかりますね。(笑い)
それにしても、「此乳のあたひ」云々というのは、なにものにも代えがたき母と子の絆、そして“生命の尊厳”さを実感します。
池田 さらに、「法は分別に名く法眼は仮なり分別の形なり」という御文もありますね。
「法眼」とは菩薩の慈悲の眼です。つまり、人々の救済のため、生命の仮諦の姿である肉体、物質の世界をはじめとする一切の諸法を、智慧の眼で分別していく働きをさすわけです。
屋嘉比 すると、医学もそのひとつととらえてよろしいですか。
池田 結構だと思います。これに対し仏法は、「妙は不思議に名く故に真空冥寂は仏眼なり」と立てております。
簡潔に申しあげさせていただければ、「真空冥寂」の「真空」とは、通常の私どもの認識・判断を超えたというか、一切の相対差別を絶するというか、しかもそれらを動かしゆく生命それ自体の「妙理」をいいます。また、この「妙理」を形容して、「冥寂」ともいうわけです。これがつまり、仏の「悟り」の眼であるというのです。
要するに、菩薩の「法眼」は、一切の諸法を分別して、形を見ていくことにあったのに対し、一段と深い、生命の究極のとらえ方が「仏眼」といってもよいと思います。
屋嘉比 医学は、慈悲の眼でなければならない。
また、そのために確固たる生命観をもたねばならないということも、よくわかります。
池田 まだまだあると思いますが、今回はこれくらいにさせてください。(笑い)
2 生命の素晴らしき力用と創造性
池田 そこで、いままでの補足の意味で、少々うかがいたい。
まず、法華経には「薬王」「薬上」という菩薩が説かれている。
これは“良薬”を衆生に施し、心身の病苦を治す菩薩といってよいと思います。仏法上、“大良薬”とは「南無妙法蓮華経」の一法です。
またしばしば仏法では、仏を“医師(くすし)”に譬えております。
そこでいったい、「薬」というのはどのくらいつくられているんですか。
屋嘉比 日本では、一年間の生産額が四兆三百億円(昭和五十八年度)。国民一人あたり、約三万円強のようです。これはますます増えていくと思います。
池田 いま、薬はどんどん増えるとおっしゃいましたが、御文にも、「疾の前に薬なし」と説かれております。これは病気になれば、医者から薬を調合してもらわねばならない。医者は、病気に対応して薬をつくっていくという意味にもなります。
いまはそれだけ、病気が切実な時代ともいえるのでしょうね。
屋嘉比 そのとおりです。
池田 先日も、アメリカのガン研究所で、ガンに非常に効果的な薬が出てきたという大きなニュースがありましたが。
屋嘉比 ええ、「インターロイキン2」のことですね。
池田 日本でも使っているのですか。
屋嘉比 使用しています。ただ今回の場合、使い方に新しい工夫があるようです。
「インターロイキン2」は、体内のリンパ球が産出するもので、免疫機能を活発化させる物質です。発表によると、肺ガンなどの二十五人の患者のなかで、十一人に効果が出て、アメリカではトップニュースになりましたね。これは遺伝子工学のひとつの成果です。
池田 同じ薬であっても、使う条件によって効果も違うというわけですか。
屋嘉比 おっしゃるとおりです。また、ガン治療における大きな問題点は、ガンと正常な細胞の識別がむずかしいところにあります。
少々、我田引水になりますが、私の所属する医局では、最近、ある種の肺ガンの早期発見を可能にする“モノクローナル抗体”をつくることに成功しました。
―― お医者さんが、ちゃんと検査しろ、検査しろというのもわかる気がします。(笑い)
屋嘉比 これはまた、抗ガン剤をガン細胞のみに命中させる“ミサイル療法”にも応用でき、副作用もずっと少なくなることが期待されております。
池田 ところで、私どもの遺伝子のなかには、“冬眠”しているものもかなりあると聞きましたが。(笑い)
屋嘉比 ヒトの遺伝情報で、実際にたんぱく質をつくるのは、全体の一〇パーセントほどのようです。
池田 すると、その冬眠しているものを起こすと、さらに新しい発見もできそうですか。
屋嘉比 そう思います。
―― 先日、ハエの冬眠遺伝子を人工的に目覚めさせ、まったく未知のたんぱく質を、二種類生産させることもできたというニュースがありましたが。
屋嘉比 これは食中毒防止や、ガンに効果がありそうだといわれておりますね。ともかく生命というのは、知れば知るほど、次から次へと驚くべき新事実がわかってくるものです。
―― われわれも取材がたいへんですよ。(笑い)
屋嘉比 もうひとつ、私が数年前から興味ぶかく思ってきた実験があるんです。
それはマウスを使った実験ですが、大ざっぱに説明すれば、悪性奇形腫を、分割しはじめた受精卵に混ぜて母親の子宮へ着床させても、なんと正常なマウスが誕生するのです。
池田 母親の胎内では、悪性腫瘍も浄化され、正常化されるわけですか。
仏法では、母の胎内を「宝浄世界」と説きますが……。 そうした事実からも、その深い意義もわかる気がしますね。この生命の素晴らしき力用と、無限の創造性を活用すれば、もっともっと医学は進歩する。また、その時代に入ったといえるでしょう。
と同時にますます、その科学を扱う人間自身の生き方が、問われる時代でもあるわけでしょうね。
屋嘉比 スイスの生物学の権威である、バーゼル大学のポルトマン元総長も、この点について、「ますます強力になっていく科学を、人間の生き方のもっと大きな、科学を超えた全体のなかに意義ぶかく組み入れるという、日ごとに重要さを増していく課題」と言っておりますね。
―― そういえば、先日ある評論家の方とお話ししていたら、日本の医学界の事情をよく知っているヨーロッパの学者が、“日本人の医学者はたいへん優秀である。しかし哲学がないからノーベル賞をとれない”とも言っていたそうですよ。
池田 それは残念なことです。これからの人は、ぜひその点も深めてもらいたいものです。
屋嘉比 わかりました。私どもは忙しすぎて、耳が痛いです。(笑い)
3 人間の営みと大宇宙の運行
―― ところで、今年(一九八六年)はインフルエンザが過去五年間で最もひどいようです。
インフルエンザというのは、どのくらいの速さで広がるのですか。
屋嘉比 ジェット機よりも速いという人もいます。
池田 よく香港型とか、アジア型といいますが、インフルエンザはアジア大陸から来るわけですか。
屋嘉比 これは諸説あります。おっしゃるとおり、アジア、シベリア、中国西部の“静寂な土地”に源がある、とする学者も多いようですね。
ケンブリッジ大学のビヴァリッジという教授も、インフルエンザは歴史上、この地域に頻繁にあらわれている、と言っておりますね。
ところがおもしろいことに、昔の人々は、この病気には“星の影響”があると考えていたようです。もともと「インフルエンツァ」というイタリア語は、“影響”という意味だったのです。
―― 現代でも、有名なイギリスの天文学者、フレッド・ホイル氏らは“宇宙からインフルエンザなどの病原体がやってくる”と主張していますが。
池田 私は専門外ですが、ホイル氏の説は、一般的には否定的にとらえる人が多いのではないでしょうか。
屋嘉比 おっしゃるとおりです。
池田 ただそれであっても、私は、人間生活の営みが、大宇宙の運行それ自体となんらかの深い連関性をもっていることまで否定しえないと、考えておりますが……。
屋嘉比 その点に関しては、私も同感です。といいますのも、人間の睡眠の内容ひとつとってみても、太陽と地球の運行に、人間の生理が深く関係することは明確です。
朝起きて、夜眠ることは当然として(笑い)、医学上、睡眠は二種類に分類されます。
一つがレム睡眠――浅く夢みるような眠り、
反対のノンレム睡眠――熟睡のような状態です。
興味ぶかいことに、人間の熟睡度は午後から日没にかけて上昇し、深夜の十二時ごろ、最高点に達します。しかしその後は急激に低下し、日の出のころは最低になります。
池田 すると、十二時前に寝るのがいちばんよいわけですか。弱ったな、これは……。(笑い)
屋嘉比 理論上はそうなります。
反対に、浅い眠りは日没とともに度合いが下降し、深夜十二時ごろから上昇しているんです。
池田 戸田第二代会長は、「十二時前の睡眠は、それ以降の二倍の深さがある。早めに休むようにしなさい」と、私たちによく言われていた。
当時は、一人で何人分もの仕事をやらなければならないし、本当に忙しかった。
その意味で、疲れないような生活のリズムを、自分で工夫してつくっていかなくてはいけないという、先生の指導だったのです。
屋嘉比 睡眠はたんなる休息ではなく、積極的な建設の面があります。病気に対する免疫や治癒力は、睡眠中につくられるともいわれています。
―― ところで御文では、カゼについてなにかございますか。
池田 私が記憶しているのでは、「日蓮鎌倉に罷上る時は門戸を閉じて内へ入るべからずと之を制法し或は風気なんど虚病して罷り過ぎぬ」と記された件がありますから、「風気」という言葉が、当時すでに使われていたのでしょう。
これはもっとも、大聖人との「法論」を避けたい一心に、極楽寺良観という人物が「虚病」をつかって逃げていた事実を述べられたものなんです。
―― いつの時代も、都合悪くなると仮病をつかう偽善者はおりますからね。(笑い)
池田 一説によれば、日本で「カゼ」という通称が定着したのはこの鎌倉時代である、という研究もあるらしいですね。
屋嘉比 ともかくカゼは、人が大勢集まるところが要注意です。それとともに、寒い屋外へ行く場合は、当然のことながら、厚着をしたり、うがいや手洗いなど、それなりの準備と対応が必要です。
池田 昔の人の言葉ではないが、“大勢の人がいる場合、寒い所、暗い所へは絶対に連れて行くな”というのは、たしかに理にかなっている。
私は、カゼをひかない工夫をすることは、大切な人生の知恵のひとつと思ってきた一人です。
そこで、もう少し屋嘉比さんにうかがいたいのですが、現代人にこれから多くなる病気は何でしょうか。
屋嘉比 いわゆる成人病です。西暦二〇〇〇年にも、死亡順位は、成人病のガン、心疾患、脳血管疾患であろうと予想されます。なかでも、近年、循環器系の疾患が急上昇しています。
池田 それでは、年代別には病気の傾向はありますか。
屋嘉比 発病する人についていえば、
三十五歳未満では「呼吸器系の疾患」
三十五~四十四歳では「消化器系の疾患」
四十五歳以上では「循環器系の疾患」
の率が最も高くなります。
池田 しかしどうでしょうか。あるていどの年齢に達すれば、肉体的にはなんらかの「病」は避けられない。また疲れも出る。それが自然の道理でもある。
―― そう思います。高齢化社会を迎え、新聞の論調でも、「若者のように無病息災とはいくまい。むしろ病気と積極的に同居する『一病息災』の心でいたい」(「朝日新聞」’85・7・1)という視点が出てきておりますね。
池田 私も今回、入院して精密検査という体験もし、なんとか病気の方々を激励してあげたいという気持ちの昨今です。
私は仏法者ですから、その方々のご健康を、毎日ご祈念させていただいております。
要するに、「妙法」という人生の根本軌道に則ってさえいれば、すべては深い意味があることは間違いないし、さらに信心を強め、見事な勝利の人生を歩まれていった方々を、私は数多く知っております。