Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第十一章 人間の「生と死」のドラマ  

「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)

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1  医の根本は医者と患者の信頼関係
 池田 屋嘉比さん、アメリカに行かれたようですが。
 屋嘉比 ええ、ミシガン大学医学部の視察と、研究の打ち合わせに、十日間ほど行ってきました。
 池田 アメリカは、心臓手術とか、ガンの研究とか、医学の分野においても第一人者なんでしょうね。
 屋嘉比 そう思います。アメリカは世界中から人材を集めています。また、研究にかける予算、時間も比較になりません。
 研究体制の面では、日本はまだかなわないと思います。
 池田 そうでしょうね。医学も日進月歩ですから、競争社会の最先端をいっているともいえるでしょう。
 屋嘉比 厳しいです。
 大学教授でも、いい論文をどんどん発表していかないと、解雇されてしまう場合も、ままあるようです。
 池田 そういえば、先日、アメリカの宇宙飛行士が、故障のため漂流している衛星の修理を、見事に成し遂げた、というニュースがあった。
 この飛行士も、もともとは外科のお医者さんだったそうですね。
 屋嘉比 ええ、フィッシャー博士ですね。私も医学者の一人としてうれしい話です。(笑い)
 池田 私はよくわかりませんが、スペースシャトルの船外に十時間も出て作業した。これはアメリカの新記録のようですね。
 ≪――志村(司会)≫ 小さなドライバーで、電気回路の細かい配線をやったり、お医者さんというのは、本当に勇気もあるし、手先が器用だ。(笑い)
 屋嘉比 いや、外科医は、沈着冷静な判断力、そして、すばやく適切な処置ができなければ、務まらないと思います。(笑い)
 池田 最近は、本当に小さな神経や、血管をつないだり、  脳の腫瘍を取り除いたり、まったく驚くべき技術  の進歩ですね。いったいどうやるんですか。  
 屋嘉比 数倍から数十倍の顕微鏡を使って手術をします。
 池田 そうでしょうね。
 屋嘉比 これをマイクロサージャリー(微小外科)といいます。
 しかし、いくら医療器具が発達しても、毛細血管や神経などの縫合手術は、医師の腕ひとつで決まります。
 池田 やはり、医学が進歩しても、治すのは人間であることに変わりはない……。
 屋嘉比 ですから外科医というのは、気分転換もうまいんです。
 ゴルフやったり、マージャンやったり、お酒を飲んだり(大笑い)。一面からいえば、やはり“医学は医術”です。
 池田 当然でしょう。
 ともかく医学は“理性の座”である。屋嘉比さん、どうでしょうか。
 屋嘉比 そう思います。
 池田 しかし、それは“人間の座”でもなければならないでしょう。
 屋嘉比 そのとおりです。
 池田 そうなると、結局は“生命の座”といってよいわけでしょう。
 屋嘉比 まったく、ご洞察のとおりです。
 ―― すると仏法では、医師についてなにか説かれておりますか。
 池田 医師とは断定できませんが、四条金吾という方が医術に通じておりました。そのことについてはあります。
 ―― 四条金吾は、武士の心得として、ある程度の医術の心得はあった。それを深めていったと考えてよろしいでしょうか。
 池田 私も深く研究したわけではありませんが、正しいと思う。
 そこで、大聖人が身延の沢で、健康を損なわれたとき、彼がその地を訪ね、真心からの治療をしたというのは有名な事実です。
 屋嘉比 当時は、仏教医学や漢方医学が伝わっていましたね。
 池田 いまみたいな西洋医学とは違う。また、大勢の医者がいたとはいえませんからね。
 当時は、いわゆる指導者の多くが、それなりのものを身につけていたことは考えられる。
 屋嘉比 そう思います。
 近代西洋医学は、日本では本格的には、幕末の長崎からといわれますからね。
 池田 その、信徒である四条金吾に送られたお手紙のなかに、このような言葉があります。
 「今度の命たすかり候はひとえに釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か
 つまり、四条金吾よ、あなたのなかに釈迦仏が入ったのであろうか。私をこのように慈愛深く治療してくださってありがとう、という意味でしょうね。
 ともかく、たいへんなお言葉です。
 屋嘉比 勉強になるお話です。医師の姿勢を示しておられる。
 本当に、患者から感謝されているという模範を、私は感じとれます。四条金吾は素晴らしい方ですね。  
 池田 また大聖人は、この四条金吾に対して、「死生をば・まかせまいらせて候」とまで言われております。
 屋嘉比 たいへんなことです。
 医者として、患者さんから信用され、信頼されるということは、医の根本です。
 ―― 私も、患者側の代表として、そう思いますね。(笑い)
 屋嘉比 それにしても、アメリカの医学生が卒業にあたって宣誓する、有名な“ヒポクラテスの誓い”があります。
 そのなかに、医者になるためには、まず、“病人の秘密は、絶対に他人には漏らさない”という言葉があります。
 池田 大切なことです。
 人格と教養の第一条件です。これは人生万般の道理です。
 心ない一言が、どれほど人を傷つけることか。上に立てば立つほど、絶対に心しなければならないことです。
 ―― いまは、そのような人が少なくなった。
 自分中心の風潮があまりにも強く、他人の不幸のおしゃべりが多すぎる。
 屋嘉比 かりに医者が、その人の病気を、軽々と外にしゃべることがあれば、まったく医師としては失格です。
 ―― 当然ですね。恐ろしいことです。
 池田 いや、宗教の世界にあっても同じです。その人のプライバシーは絶対に守るべきです。
 ―― これは、一般的にいわれていることですが、ある宗派の歴史において、人々が不信を抱くようになったひとつの原因に、聖職者のなかに、信者の懺悔、告白の内容を漏らすものがいた。ひどいのになると、第三者に伝え、利用しようとした、と聞いたことがあります。
 屋嘉比 権威主義の乱用は、どこの世界にもあるものです。
 ある著名な医学者が指摘していました。それは、“医師は強者の立場であり、患者は弱者の立場である。このことを医学にたずさわるものは、深く自覚しなくてはいけない”と……。
2  航空機事故の連鎖反応で思うこと
 ―― それにしても、この夏(一九八五年)、日航ジャンボ機の事故は、世界中の人々に衝撃をあたえましたね。
 池田 たいへんに痛ましいかぎりです。
 この事故のことを聞いたとき、私は、法華経「譬喩品」の一節を思い起こしました。
 それは、
 「今此の三界は 皆是れ我が有なり
 其の中の衆生は 悉く是れ吾が子なり
 而も今此の処は 諸の患難多し
 唯我れ一人のみ 能く救護を為す」
 という経文です。
 屋嘉比 どういう意味でしょうか。
 池田 これは仏法上からみれば、文上においては、一切衆生は釈尊の子供である。
 文底から、現代でいえば、日蓮大聖人の子供である、と拝するのです。その意味において、信仰している、していないにかかわらず、すべての方々が尊い仏子である。
 ですから私は、信仰者の一人として、唱題、回向させていただきました。
 屋嘉比 じつは、私の親しい友人も乗っていたのです。知らせを受けて、二日間というものは、ほとんど眠れませんでした。本当に残念でなりません。
 ―― ああ、そうでしたか……。
 私も、一夜明けて、テレビが映し出すなまなましい現場の状況に、息をのむ思いでしたね。
 屋嘉比 一瞬にして、五百人以上もの人が亡くなるなんて、衝撃ですね。
 いったい、「生きる」ということの意味は何なのか。また、「死」とは何なのか……。
 あらためて考えずにはいられませんでしたね。
 池田 ある元機長が、「私はパイロットになったときから、常に“死”を考えた。普通の人の何十倍も“死”について考えている」と語っていた。
 本当に「死」というものが、こんどほど身近に感じられたことはない……と、多くの人が言っておりますね。
 ―― なんですか、ジャンボ機が事故を起こすのは、百万分の一以下の確率だそうです。
 池田 たしかにそのようです。しかし、これらの重大問題は、そのような統計や科学の次元だけではわりきれないものがある、と私は思います。
 要するに、世界で一年間に九億人もの人々が飛行機を使っている。こんな悲劇的な事故は絶対にあってはならないということです。
 屋嘉比 そういえば、ある人の遺書のなかに、「本当に今迄は 幸せな人生だったと 感謝している」という、胸を突く一節がありましたね。
 ―― そうでした。
 四人の生存者がいたことは、夢みたいだった。奇跡ですね。
 屋嘉比 生存者が女性と子供だけであったことは、なにか意味があるのでしょうか。
 ―― これはむずかしいですね。
 屋嘉比 なにかデータはありますか。
 ―― あえて申しあげれば、ある人が調べたひとつに、一九六六年から七一年までの五年間に、世界で起きた飛行機事故の資料があります。
 それによりますと、一人だけ生存者がいた事故が、六度もありました。
 池田 一人だけですか。
 ―― そうです。乗っていた人は、乗客、乗員合わせて、
 六六年フィリピンでの事故が、二十八人
 六七年コロンビア、十八人
 サウジアラビア、十七人
 六九年ベトナム、七十六人
 七〇年ペルー、百人
 七一年ペルー、九十二人
 となっています。
 屋嘉比 他の全員が亡くなるような大惨事で、なぜ、その一人だけが生き残れたか。考えれば考えるほど、不思議な気持ちになりますね。
 池田 七一年のペルーの事故は、アンデス山中でしたね。助かったのは女の子だったのではないでしょうか。
 ―― ええ、まだ十七歳だったと思います。彼女は、事故現場からたった一人脱け出し、九日間もアマゾンの密林の中を歩きつづけたそうです。いや、驚きましたね。
 屋嘉比 たしかに女性のほうが、生きぬく力が強い気もしますからね。(笑い)
 ―― ですが、この六度の事故では、女性が多く助かったという結果にはなっていません。
 女性は、身体が柔らかいこともあるようですが、それだけではやはり納得できない……。
 屋嘉比 そうですね。飛行機のどこにすわったか、といったような、さまざまな要因もありますからね。
 池田 いや、これは科学でも、医学でも、どうしようもない。深い深い、因果律のうえからみる以外ないのでしょうね。
 ―― ある記者から聞いたのですが、今回の事故で、十二歳の少女を発見した消防団の一人は、「生きている……」と言ったまま、ヒゲだらけの顔を涙でくしゃくしゃにして、呆然と立ちすくんでいたようですね。
 池田 生死の際に立ち会って、なにか言葉にならない激情がこみあげてきたのでしょう。
 屋嘉比 私も、危篤状態の患者さんが、突然、蘇生したとき、うち震えるような感動を経験したことがあります。
 池田 ああ、そうでしょうね。わかります。
 ―― たしかに私も、そう思います。
 「生きている」というこの事実ほど、不思議なことはない。ふだんはそれを忘れている……。
 池田 御書の一節にも、「人命の停らざることは山水にも過ぎたり今日存すと雖も明日保ち難し」とありますからね。
 限りあるこの一生を、私は、また私たちは、悔いることなき、最高に価値ある日々をおくりたいものです。
 屋嘉比 本当にそう思います。
 池田 その意味から、ゲーテの、「生の歓びは大きいけれども、自覚ある生の歓びはさらに大きい」(『西東詩集』)という言葉は、たいへんに含蓄があると、私は思ってきた。
 屋嘉比 示唆に富んだ言葉です。私も大好きです。
 ―― こうした大事故がおこると、また同じような事故がおこる。
 今回も、十日前の八月二日、アメリカのダラス空港で、百二十九人の犠牲者が出た。
 また十日後の二十二日、イギリスのマンチェスター空港で、五十四人の方が亡くなっています。必ずといっていいほどの連鎖反応がありますね。
 屋嘉比 まったくそうです。科学で説明できるものも多少あるが、その根本的原因は、科学の次元をはるかに超えている。
 池田 「災害は忘れたころにやって来る」と言ったのは、物理学者の寺田寅彦でしたか。
 彼の場合は、「科学的宿命論」とまで言っておりましたね。
 ―― 寺田寅彦のエッセーがまた、ブームを呼んでおりますが……。
 池田 彼は文学者としても著名ですが、「人間がけがをしたり、遺失物をしたり、病気が亢進したり、あるいは飛行機がおちたり汽車が衝突したりする『悪日』や『さんりんぼう』も、現在の科学から見れば、単なる迷信であっても、未来のいつかの科学ではそれが立派に『説明』されることにならないとも限らない」(『寺田寅彦随筆集』岩波文庫)とも言っておりますね。
 屋嘉比 科学者として、直観的に、なにかしら科学の力だけではどうしようもない、人間の不可思議な因縁というようなものを感じていたのでしょうかね。しかし、わかる気がします。
 池田 それにつけても御書のなかに、「人の寿命は無常なり、出る気は入る気を待つ事なし・風の前の露尚譬えにあらず、かしこきもはかなきも老いたるも若きも定め無き習いなり、されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」という御文があります。
 まったく現実は、この御文のとおりと思います。それをどのように生き、どのように納得しながら生きぬいていくか。そこにも信仰のひとつの深い意義があると、私は思っております。
 屋嘉比 人生と生命の根本的課題であり、これは医学以前の、大前提となる問題です。
 ―― そこまで深くとらえている人は少ない。あまりにも日常が繁多で、なにかに追われながら、私は四十代になってしまった。(笑い)
3  仏法では「死」をどうとらえるか
 屋嘉比 そこで人の死というものは、仏法ではいろいろと説かれていると思いますが、どうでしょうか。
 池田 千差万別です。
 ただ、「命已に一念にすぎざれば」と御文にあるように、そのもっている「一念」の姿勢が、どういう方向になっているかが、重大な問題となるのです。
 たとえ仏法を持っても、若くして病気で亡くなる場合もある。また、事故などで亡くなる場合もある。
 しかし、「大苦逼迫し……、身受は有るも心受は無し」、また、「唯能く身を壊りて心を壊る能わず」という経文もある。
 これは小乗、大乗、共通したとらえ方になっております。
 さまざまな解釈がありますが、結論して、妙法という絶待妙からみたならば、それなりの感じがわかるような気がします。
 屋嘉比 ああ、なるほど。そうですか。初めてうかがいました。
 池田 その「唯能く」云々とは、釈尊が最後に説いたといわれる「涅槃経」にあります。
 この「涅槃経」には「転重軽受」という法門が説かれております。
 屋嘉比 「転重軽受」というのは……。
 池田 読んで字のごとくです。正法によって、過去からの重き罪業を転じ、今世においてその報いを軽く受けることができるという法理です。
 このことについて大聖人は、「先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱつときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候」と明快におっしゃっておられるわけです。
 屋嘉比 いや、たしかに仏法は深いですね。「地獄の苦みぱつときへ」とまで断定されるとは、すごい仏法と思います。
 池田 つまり、仏の生命は「三身常住」である。私どもの生命も、これまた無始無終、永遠であると仏法は説いています。
 ですから、仮諦としてとらえられるこの身が、一時的に「苦」を感じても、この生命、すなわち「一念」が「四悪趣」の方向へ、方向へと下がっているのか。それとも「二乗」(声聞・縁覚)へ、さらに「菩薩」へ、そして「仏界」へと上昇しているかどうか。その傾向性が根本的な問題であるとみております。
 屋嘉比 根本的な「一念」の軌道がどうかを、説いているわけですね。
 池田 これは、仏は別として、修行中の弟子にはさまざまな死の姿がある。
 しかしこの場合も、経文には仏の「記別」が明快にあたえられていることからも、おわかりいただけると思います。
 ―― 飛行機でも、電車でも、車でも、必ず行く方向が定まっていますからね。(笑い)
 屋嘉比 目的地が、どの方向かということですね。
 池田 ひとつの例として、釈尊の場合、優秀な弟子であった目連は殺されている。
 ですが、この目連に、「多摩羅跋栴檀香仏」という仏の「記別」をあたえております。
 屋嘉比 まだおられますか。
 池田 蓮華比丘尼という女性は、提婆達多に殴られ、死に至ったといわれています。
 屋嘉比 ひどいですね。
 ―― 釈尊の晩年、釈迦族は、舎衛国の波瑠璃王によって、ほとんど全滅されておりますね。
 池田 これは、歴史的に有名な事実です。
 一説には、七万七千人もの人が殺されたと記述されております。
 屋嘉比 ああ、そんなこともあったのですか。
 ―― この点について、先日、先生がどこかで指導なされておりましたが。
 池田 いたしました。じつはこの悲惨きわまりない波瑠璃王の虐殺も、まことに他愛のないことが原因となっているんです。
 波瑠璃王の母親は、釈迦族の卑しい身分とされる下女であった。彼は、あるとき、釈迦族の人間からそのことを侮辱され、復讐を誓ったという。
 その復讐心のすさまじさは、側近に「王よ、釈迦族から受けた恥辱を忘れるな」と、一日三回、自分に向かって言わせつづけたほどであった、といわれております。
 まあ、現代では考えられない階級差別です。
 ―― 人間は利口そうにみえて、まったく愚か者であるという証拠です。
 人間のどろどろした怨念のすさまじいことを、語ってあまりある事実と思いますね。
 池田 彼の行った釈迦族の殺戮は、凄惨そのものだったようです。
 人々の足を地面に埋めて、逃げられないようにする。そこに、荒れ狂う象を放って、踏み殺させたともいわれている。
 その場面は御書にも、「血ながれて池をなせし」とあるほどですからね。
 そこでじつは、この事件の背景にはもう一人の人物がいたわけです。
 屋嘉比 だれでしょうか。
 池田 阿闍世王です。彼は当時、マガダ国をインド第一の強国にしたといわれる人物です。
 波瑠璃王は、その彼にそそのかされ、この殺戮にいたったともいわれている。
 ―― こうした事件には、いつの世でも、陰で糸を引く人間がいるもんですね。
 池田 この阿闍世王もまた、象に酒を飲ませ、それを放って、釈尊を殺そうとしたのは有名な史実です。この彼も、提婆達多にそそのかされ、父を獄死させてまで、王位についた。
 提婆達多は釈尊を亡きものにし、みずから「新仏」になろうとしたわけです。
 屋嘉比 すると、その提婆達多というのが、おおもとですか。(笑い)
 池田 そういわれています。
 余談になりますが、この提婆達多をまた調婆達多ともいい、略して「調達」といいます。どちらも音訳の名前です。
 この「調達」の「調」とは、「あざける」「からかう」、また「あざむく」という字義もある。また「達」は「さとい」である。
 ですから、本当によくぞ「調達」と訳したものだと、私は感心しております。(笑い)
 ―― たしかに本当の悪人というのは、言葉たくみに、人をだますのがうまいですからね(笑い)。最近も、そのとおりの人物が出ました。(笑い)
 池田 だが、この阿闍世王も、後に仏教に帰依しています。
 五十歳のとき、彼は全身に大悪瘡ができ、死にかかったが、釈尊のもとへ行き、助けられる。その後の彼は、仏滅後の第一回の経典結集を外護しております。
 当時は、まだ現在のような濁りきった時代ではなかったのでしょうね(笑い)。いまは、そういう人物はなかなかいませんが。(爆笑)
 屋嘉比 悲しいかな、人間は時代とともに邪智にたけていく。また、社会も濁っていくものですね。
 池田 そう思います。この阿闍世王について、大聖人は、「父を殺せども仏涅槃の時・法華経を聞いて阿鼻の大苦を免れき」とおっしゃっております。
 ―― たしかに仏法は、「三界は皆是れ我が有なり」ですね。
 敵も味方もないというのは、素晴らしいことと思います。
 池田 そう思います。仏法は大きいです。宇宙大です。
 屋嘉比 まだ、なにかそういう史実はありますか。
 池田 跋迦利という仏弟子は、重病に倒れ、最後は自殺したといわれます。
 屋嘉比 そういう人もいたのですか。
 池田 しかし、釈尊は、この跋迦利を温かく包みこんだといわれる。
 また、法華経において「記別」をあたえられている迦留陀夷という仏弟子は、バラモンの婦人のために殺され、馬糞の中に埋められたという記録もあります。
 ―― 智慧第一といわれた舎利弗は、どういう死に方をしておりますか。
 池田 病死のようです。
 ―― 釈尊より先に亡くなったといわれますが。
 池田 そのとおりです。
 屋嘉比 何の病気でしょうか。
 池田 『大智度論』では、「風熱病」であったとされている。ですから、結核ではないかといわれています。
 これまた、明快に仏の「記別」をあたえられているわけです。

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