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日蓮大聖人・池田大作

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後記 「池田大作全集」刊行委員会

「生命を語る」(池田大作全集第9巻)

前後
1  科学の発達は、医学の世界においても医療技術の急速な発展を可能にした。遺伝子治療、延命治療、臓器移植、人工受精等は「生命」のもつ本来的な可能性をも超え、「生」の境界を限りなく広げるかのようにさえ見える。
 しかし反面、こうした医学の発達は人間にとって、「生とは何か」「死とは何か」という根源的な問いを、改めてわれわれ人類につきつけるものとなった。胎児の遺伝子治療にしろ、人工心肺装置による延命治療にしろ、それぞれクオリティー・オブ・ライフ(生命の質)を、どうとらえるかを鋭く問いかけているのである。
 こうした現代医療の問いかけに対する解決の糸口を、どう提示していくか。二十一世紀を目前にした人類にとっても最大の課題といってもいいが、とりわけ、確かな生命倫理の確立は喫緊の問題である。それは、医学や科学の範囲にとどまらず、哲学、宗教の英知の光が照射されなければ、答えられるものではあるまい。あるいは生命倫理というものが、「宗教」を求めているといってもいいかもしれない。
 この対談は、日蓮大聖人の仏法にもとづいて、人類の幸福と世界平和への大道を世界に広げてきた池田名誉会長が、少壮の仏教研究者であり、実践者である二人の俊英と、仏法の骨格ともいうべき生命論に立脚しつつ、「生命」について語りあったものである。一九七二年(昭和四十七年)十月から七三年(昭和四十八年)十二月にわたって、『大白蓮華』の誌上に連載され、その後、潮出版社から全三巻の単行本として刊行された。
 生命倫理に対する問いかけが、今日ほどに社会的課題として取り上げられていなかった当時の対話ではあるが、すでに今日の要請にも十分に応えうる知見を包含している。そのような意味もあって、今回、本全集に収録させていただいた。ただし、対談で取り上げられた項目は、それぞれに日進月歩で研究や技術が進んでいる領域でもあり、単行本が発刊された当時に比べてデータが増加し、それにともなって展開できる部分があることも確かであり、その点は若干、加筆されていることをご了承いただきたいと思う。
2  池田名誉会長の生命探究の旅は、経済発展、技術革新のみに目が向けられがちな時代のなかにも、わずかに芽生えつつあった人間の生命への洞察、人生の意義の模索を注視し、きたるべき「生命の世紀」を予感していた。それは、次の一九七二年十一月の講演からも、その一端がうかがえよう。
 「生命の問題に対して、もう一歩突っ込んで思索しようという動きが、二十世紀の終わりから二十一世紀にかけて、世界的に沸き起こってくることでありましょう。……そのときのために、どうしてもいま、生命論を始めておく必要がある」
 この言葉のままに、「生命論」をめぐる対話が、すでに二十年も以前に行われたことに、驚きを新たにせざるを得ない。それは、仏法の生命哲理を基調に、平和・文化・教育運動を推進する創価学会会長(当時)としての、人間が生命本来の輝きを顕現しゆく作業を歴史に記すという、社会に対する責務から発せられたものではなかったろうか。二十一世紀を前に、今、先進国の多くがかかえる生命倫理の課題は、名誉会長のこの先見性を裏づけるものとなってきているのである。
3  遠く二千数百年前、釈尊は人生の苦、すなわち生老病死と対決して自己の内奥の広大なる世界を開いていった。そして、その胸中の悟りを知らしめるために、当時のさまざまな学説や比喩を用いた。中国に出現した天台大師もまた法華経を根本として「生命」を内観し、そこに覚知したものを「一念三千」の法理として体系づけて説明した。
 七百年前、日本に出現した日蓮大聖人は、「生命」の本源の法を「南無妙法蓮華経」であると悟られ、これを説かんがために経をひき、天台大師らの学説を自在に駆使し、「御義口伝」をはじめ、諸御書に生命の法理を展開された。生命論はつねに仏法の根本であり、幾多の先哲の苦闘は、その精髄をいかに時代の人々に知らしめるか、という点にあった。創価学会はこれらを継承しているといえるだろう。
 実際、学会の歴史を概観すれば、その機軸に生命論があったことがうなずけるはずである。戸田城聖第二代会長は戦後の学会の再建にあたり、生命論から始めた。それは、日蓮大聖人の御書を生命哲学として読んだ獄中での悟達に発している。本書は、その系譜につながるものといえるが、二十一世紀を「生命の世紀」ととらえる名誉会長が、一貫してその実現へ向けての主張と行動を重ねてきたことは、よく知られるとおりである。

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