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日蓮大聖人・池田大作

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8 出版の自由の限界  

「二十一世紀への対話」アーノルド・トインビー(池田大作全集第3巻)

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1  池田 言論・出版など表現の自由は、近代的な法治国家では、原則として認められています。しかし、この自由は、いったん発表された出版物が公衆にもたらす影響性のうえから、その限界が問題にされます。
 そうした限界が規定される表現の内容として、一般的に認められているものは、一つは風俗に関するもの、二つは国家機密に関するもの、三つは個人の人権に関するものでしょう。
 風俗に関しては、今日、欧米諸国でいわゆるポルノグラフィーの自由化が進んでおり、規制の枠は急速に取り払われつつあるようです。これは青少年教育のために望ましくないとする考え方もありますが、私は、そのような心配は無用であり、まして政治権力、官憲がこれに対して抑制を加えるなどということは、誤りであると考えています。隠されたものにはよけいに好奇心が煽られるのが人情ですし、むしろ、青少年自身がものごとを正視する眼をもてるように、私たち大人も協力してやらなければならないでしょう。
 トインビー 人間は、たしかに隠されたものに対しては、よけいに好奇心をもつものです。
 そのことを説明するために、私がかつてあるチョコレート製造工場の工場長から聞いた話をしてみたいと思います。彼は、従業員たちが会社の製品に手をつけ、そのため、かなりの量のチョコレートがつまみ食いされることに、大いに困惑していたようです。思案のすえ、彼はある解決法を思いつきました。若い女子工員が新しく雇われてくると、彼は決まって「二週間だけは、好きなだけチョコレートを食べてよろしい。しかしその後はいけないよ」ということにしたのです。
 まもなく、製品のチョコレートがくすねられることはなくなりました。若い女子工員たちは、自由に食べられる二週間の間に食傷してしまい、それ以後はもう食べたくなくなってしまったからです。この話は、ご指摘の性の隠蔽についてもあてはまると思います。
 性に関する事柄を隠しても、それが害にならない場合もあるでしょうが、いずれにせよ少しも益にはなりません。たとえば、私自身、性とはきまりのわるいことであり、子供には聞かせられないもの、と考えられていた時代の、イギリス中産階級の家庭に育ちました。私が十歳か十二歳のころ、父は性行為について私に説明しようとしてくれましたが、当惑のあまり話をむずかしくしてしまい、私にはとても理解できませんでした。その後、学校の教師の一人が何とか説明しようとしてくれましたが、この先生も同じように気恥ずかしがるばかりで、父の場合と同様、失敗に終わってしまいました。
 さらに、結婚を前にして、私はイングランドのある医師を訪ね、助言を求めました。ところが奇妙なことには、この専門家でさえ、そのあからさまな説明は荷が重すぎるとみえて、説明してくれる代わりに、図解入りのテキストを貸してくれたのです。これだけが私の婚前の性教育となったわけですが、それにしてもじつにばかげた話です。
 私自身は、こうした若いころの経験から、ポルノグラフイーに趣味をもつということはありませんでしたが、しかし、性が秘密に閉ざされているために、人々がそうした趣味に走るということは、大いにありえます。まったくご指摘の通り、性が自由に語られるようになれば、いたずらに人々の興味をくすぐることがなくなり、性は人間生活のなかで正しい位置を占めるようになるでしょう。
 池田 人間には、ポルノグラフィーを好む自由とともに、それを嫌う自由もあります。したがって、この問題も無制限ということではなく、やはり個々人の選択という基本原理が尊重される範囲において、許されるべきであると考えます。
 次に、国家機密に関する点については、私は、国家が国民や他国に知られて困ることをしていること自体、非常に危険であり、好ましくないことだと考えます。博士が主張されているように、国家は社会福祉の事業体のような存在でなければなりません。したがって、国民や他国に対して隠しごとなどすべきではありません。むしろ、国民が勇気をもって国家の機密をあばき、自分たちを危険な道に引きずり込むことのないよう、厳しく監視すべきだと思います。
 トインビー 国家機密というものは、政治の野蛮性を示す指標です。とくに、国際政治におけるそれを示すものです。私は、三度の世界大戦を通じてほぼ十年間、政府の官吏として臨時的に奉職しましたが、そのさい、しばしば機密文書を扱うことがありました。私は、この仕事の秘密性がひどく嫌いでした。国家が機密を保とうとする動機は、他国政府や他国民に害を与えようという意図と、逆に彼らから害されることへの恐怖とにあります。私が外務省に臨時勤務をしていたころ、各役人は大きな鍵束をあずけられ、あちこちに運ばれる機密文書入りの箱を、それで開閉していました。戦争が終わるころになると、私は政府の役人としてずっととどまるよう誘いを受けましたが、一生、秘密書類と一緒に暮らすのがいやで、そのつど断りました。
 現に私は、自宅でも事務所でも、書類に錠をおろすことはしませんし、秘密の書類などもありません。誰が入ってきて書類を見てもかまわないのです。これが私の好きな仕事のやり方です。そして、事実、このような開放性こそ、近代科学を大きく進歩させた要因の一つとなっているのです。
 かつて核分裂や核エネルギー利用の方法が発明、発見されるまでは、科学的研究や諸発見はまったく開放的なものでした。新しいことはすべて発表され、誰もが互いに誰とでも自由に情報を交換していたのです。科学者たちは、政治的障害というものは経験せずにおりました。科学紙誌は、当然各国語で出版され、科学図書館ではあらゆる雑誌類を備え、誰でも利用できるようになっていました。
 ところが、原子兵器の発明以来、少なくとも核科学は政府の意志に従属してしまい、政府機関の機密保護規定に縛られてしまいました。私は、こうしたことが核科学以外の学問分野に及ぶことを危惧するのです。われわれは、この危険に抵抗しなければなりません。そして、学問の自由を回復すべく、闘わなければなりません。この分野においても、また他の分野においても、国家機密はあってはなりません。
 もちろん、国家の秘密を守ることを誓っておきながら、買収されてこれを裏切るといった人間は、個人としては道義上間違った行為を犯したことになります。しかし、私にはどうもそうした行為に対する刑罰が、イギリスでは罪の大きさに不釣り合いなくらい、重すぎるように思われるのです。イギリスでは死刑は廃止されており、殺人犯は終身刑によって罰せられますが、この服務期間は時として短縮されることがあります。これに対して、国家機密を売った男にも同じ刑罰が科せられるわけですが、しかし、時には模範囚として刑期短縮にあずかる殺人犯よりも、彼は結果的に重罪を科せられたことになる場合もあるのです。
 池田 そうした矛盾した刑罰のあり方も、すべて国家機密というものが存在するところから生じているわけで、責められるべきは、むしろ国家の秘密性そのものでしょう。
 次に、第二の、個人の人格の尊厳を侵すような場合ですが、私は、出版の自由がただちに規制されなければならないのは、こうした場合であると考えます。日本には「人の口に戸はたてられない」という諺がありますが、たしかに、人々があれこれと噂ばなしをするのを規制することはできません。しかし、それを活字にして大量にばらまくことに対しては、法的に抗議し、停止させる権利があってしかるべきだと思います。
 トインビー ええ、個人的生活こそ、不当に公開されることのないよう、保護されなければなりません。
 一九三九年に、私の長男が自殺をしました。このニュースが知れわたるや、記者たちが私たち夫婦につきまとい、間断なく私たちを悩ませたのです。私たちは、どうか退去してほしいと懇願しましたが、彼らは、記事にできないと解雇されるといって聞きません。私たちはついに話して聞かせることにしました。しかし、その結果、彼らは気まずい思いをし、私たちもみじめな気持ちにさせられてしまったのです。これは、センセーショナルなニュースを冷酷に追うことから生じた悪影響の一つです。
 これはさほど古い話ではありませんが、ジャクリーヌ・オナシス夫人と、明らかに彼女につきまとっていた写真家との間に、かなりの論戦が繰り広げられたことがありました。この写真家の言い分は、自分には生計を立てる権利があり、そのためにはオナシス夫人や子供たちを追いかけて写真をとり、たとえ悩ませることになってもしかたがないというのでした。オナシス夫人のほうは、自分の私生活はあくまで自分のものであるという、きわめて妥当な主張をしました。この場合、私はオナシス夫人の主張のほうが正しく、彼女は保護されるべきだと思いました。いかなる写真家も、自分の稼ぎのために他人を苦しめる権利などあろうはずがありません。このようなケースでは、出版の自由にも規制が加えられなければなりません。

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