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嘱累品(第二十二章) 虚空会──「付嘱…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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1  「ご安心ください!」と弟子たちの誓い
 須田 これからは嘱累品です。よろしくお願いします。
 池田 嘱累品は、「付嘱」の章です。「付嘱」とは「後継」です。「後継」とは「師弟」です。ゆえに、嘱累品とは「後継品」であり、「師弟品」とも言える。
 末法に広宣流布していくための「広宣流布の師弟」品です。戸田先生も、嘱累品を大切に感じておられた。
 斉藤 嘱累の「嘱」とは「まかせる」「託す」という意味です。
 遠藤 今でも「嘱託」などと言いますね。
 斉藤 「累」には「わずらわす」「面倒をかける」という意味があります。ですから、嘱累とは「ご苦労だが、私に代わって、正法を人類に弘めてくれ」と弟子に託すことです。
 遠藤 まさに「後継」品であり、「師弟」品ですね。
 池田 弟子の側から言えば、「私が全部、苦労を担っていきます」というのが「嘱累」です。それで師弟相対になる。師弟というのは、厳粛なものです。師の一言でも、どれだけ真剣に受けとめているか。「すべて実行しよう」と受けとめるのが弟子です。
 師匠の「口まね」をするのが弟子なのではない。「実行」こそ「弟子」の証です。
 話は飛躍するようだが、ある時、戸田先生が大阪の花園旅館という宿舎で、急に、こんなことを言われた。「今、わしは『今日、死んだらどうしようか』『今日、内閣総理大臣になったらどうしようか』と思索している」と。
 真剣な顔で言われた。朝、早かった。ふつうなら「朝ご飯、まだかな」とか(笑い)、「もうちょっと、寝ていたいな」とか(笑い)、そんなところでしょう。
 しかし、先生は真剣に思索しておられた。
 私も、それ以来、先生のお言葉を糧にして、自分なりに思索したものです。
 斉藤 ″今日、死ぬ″というのは″臨終只今にあり″ということですね。
 池田 自分は、今、死んでも成仏するに決まっている──そう言いきれる信心をしていきなさいということです。もちろん、広宣流布へ向かって、今世の使命の達成に向かって、「生きて生き抜かなければ」ならない。
 そのうえで、いつ死んだとしても、自分の信心には悔いがない、自分はやりきった、今死んでも一生成仏できるに決まっている、そう確信できる──うぬぼれは、いけないけれども──そういう信心をしていきなさいということだと、私は受けけとめた。
 一生成仏──何があつても楽しいという、最高の「歓喜の中の大歓喜」は信心以外にない。広宣流布へ、だれが見ていようがいまいが、戦いきる以外に味わえない。そういう信心を、今、自分はしているか。それを、じっと静かに見つめてみなさいということです。
 人間の一日には″八億四千の念々″があると言われている。(御書四七一ページ)
 心は、ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっと、いつも変わる。
 八億四千というのは、当時の「億」は「十万」の意味とも言われているから、「八十万四千」となるかもしれない。いずれにしても、すごい変化、変化です。
 そのうちの、どれだけ自分は広宣流布のことを思ったか、御本尊のことを思ったか、学会のことを、同志のことを思ったか、行動したか、行動しなかったか。
 その差し引き、プラスマイナスの総合点で、自分の境涯が決まってくる。「心こそ大切なれ」です。信心は形式ではない。
 遠藤 「生ぬるい、形式だけの信心をするな! 臨終只今の信心をせよ!」ということですね。
2  池田 もうひとつの「今日、総理大臣になったら」というのは、門下の立場で言えば、おのおのが、おのおのの世界の「柱」として、思う存分に働ける実力をつけよ、ということと言ってよい。
 仏法は「宗教のための宗教」ではない。社会のため、現実の人生のための信仰です。社会と人生の軌道を、希望の方向へ、希望の方向へと、ぐーっと引っ張っていける、その活力源が信仰です。
 だから、社会のあらゆる分野の指導者として、「さすがは信仰者だ」といわれる活躍と結果を示さなければならない。また広宣流布の組織のリーダーとして、「ああ、あの人がいれば、皆、元気になる」と慕われる人にならねばならない。
 要するに、広宣流布の広大な戦野にあって、「この部署は、まかせておいてください。どうかご安心ください!」と言える自分自身であるかどうかを反省せよ、と受けとめればよいと思う。このように、一つは「信心」で、一つは「自分の位置」をよく見つめて、自分を磨ききっていきなさい、ということです。
 戸田先生は、本当に鋭い、不思議な先生だった。
 斉藤 この戸田先生の一言を、まさに「実行」してこられたのが、池田先生だと思います。世界の指導者との対話にしても、民間人として、これほど数多く、意義ある対話を重ねてこられたことに、心ある人は皆、驚嘆しています。
 須田 世界の大学からの名誉博士・名誉教授が、六十近いのも信じられないことです。(二〇〇七年二月現在、二百四)
 池田 私は牧口先生、戸田先生にいつも捧げるつもりで頂戴しています。
 牧口先生、戸田先生は教育者であった。教育者であって、広布に殉じられた。その福運が私に流れ、続いているのです。初代の福運が二代に行き、二代の福運が三代に行く。これが師弟です。これが人間の究極の法則です。今度は、私の福運が門下に行くのだし、私はいつも「福運を分けてあげたい」という気持ちです。戸田先生もそうであった。
3  本化・迩化両方への「総付嘱」
 遠藤 嘱累品のあらすじですが、神力品(第二十一章)で上行菩薩への「結要付嘱」が終わります。その後、釈尊は立ち上がって、大神力を示します。それは、無量の菩薩の頭を右の手でなでて、こう言うのです。「自分が久遠の昔に修行した、この得がたき仏の悟りの法を、今、あなた方に託すから、この法を一心に流布して、広く人々に利益を与えていきなさい」。それを三回、繰り返します。
 斉藤 頭をなでるというのは面白いですね。
 須田 「苦労をかけるが、頑張ってくれよ」という心でしようか。「嘱累」ですから。
 池田 そうも言えるでしよう。「頭をなでる」というのは、まあ、頼りない子どもに「いい子だから、ちゃんとやるんだよ」と言っている感じにもとれる。
 須田 相手は、神力品とうって変わって、迹化の菩薩がいっぱい入っていますから、優しい託し方ですね。
 遠藤 本化・迹化、両方含めた「総付嘱」ですから。
 斉藤 低いレベルのほうに合わさざるを得ない(笑い)。
 池田 本当に信頼している弟子には厳しいのです。全魂を打ち込んて訓練し、一切を託していく。戸田先生は言われていた。「牧口先生に、かわいがられた弟子は皆、退転し、先生に背いた。おれは先生には、ただの一度もほめられたことはなかった。しかし、おれはこうして、たった一人残って、先生の後を継いで立っている」と。
 私も戸田先生から、だれよりも厳しく訓練を受けた。くる日も、くる日も、″無理難題″ばかりだったと言っていい。門下生の中には「自分は戸田先生に大事にしてもらった」「かわいがってもらった」、そう思っている人もいた。それはそれでいい。
 しかし、大事なのは、師匠の意図を「実現」していくことだ。
 また、格好だけ、師匠の「まね」をした人間は皆、おかしくなっている。戸田先生の時代もそう。私の時代もそうです。
 弟子には弟子の道がある。弟子の道は「実行」あるのみです。
 さらに深く見るならば、「三回、頭をなでる」というのは、師匠の「身口意の三業」そのままを、弟子が実行していけという意味ともなる。
 斉藤 はい。御義口伝に、こうあります。「三摩の付嘱とは身口意三業三諦三観と付嘱し給う事なり」(三回、頭を摩する〈なでる〉付嘱は、師匠の身口意の三業、空仮中の三諦を一心に観じる三観の智慧を付嘱したまうことである)
 池田 弟子の立場から言えば、師の教えを「身」で行じ、「ロ」で行じ、「意」で行じて、一心三観の智慧を得ていく。
 すなわち自分の仏界を無量に開いていく──そういう意味になるでしょう。
 須田 「行動」ですね。
 池田 「弘教」です。広宣流布に動いていくことです。広宣流布に連なった「身」「ロ」「意」の三業は、塵も残さず、全部、大功徳に変わる。
 「身」が動いていても、「意(心)」が「ああ、いやになっちゃうな」と思っていたら、その分、自分で自分の功徳を消しているのです。
 遠藤 「右手で頭をなでる」の部分は、サンスクリット本では、「右手で右手をとって」とあります。いわば全員と握手したのです。
 これは師匠が「握りこぶしをもたない」つまり「自分の知っていることは全部、包み隠さず示した」という意味だと考えられます。
 池田 バラモン階級の師匠は「秘伝」とか「秘法」を売りものにしていた。それが「握りこぶし」だね。しかし、釈尊は、そうではなかった。
 「如我等無異(我が如く等しくして、異なること無からしめん)」(方便品、法華経一三〇ページ)と言って、皆に、最高の「秘法」すなわち「妙法」を教えたのです。

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