Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第24巻 「厳護」 厳護

小説「新・人間革命」

前後
1  厳護(1)
 一九七六年(昭和五十一年)、晩秋の夜であった。
 山本伸一は、学会本部での執務を終え、外に出た。冬が間近に迫った夜の外気は、既に冷たかった。
 冬は、火災も起こりやすい。伸一は、″今日は、この周辺の学会の施設を点検しながら、自宅に帰ろう″と思っていた。
 この年の十月二十九日には、山形県酒田市で、大火があったばかりであった。火は十二時間近くにわたって燃え続け、千七百七十四棟、二十二・五ヘクタールを焼き、死者一人、負傷者千三人を出す大惨事となった。
 伸一は、その日、青森の東北総合研修所(現在の東北研修道場)にいた。火災の報告を聞くや、救援活動を指示し、自ら対応に全力を尽くしたのである。
 出火元は、市内の映画館であった。原因は、当初、ボイラーの過熱と考えられ、その後、電気系統の故障も疑われた。しかし、それを科学的に立証することは難しく、最終的に、原因不明とされたのである。
 だが、ボイラーにせよ、電気系統にせよ、日ごろから入念な点検が行われていれば、火災という最悪の事態を防げた可能性は高い。
 人間には、「慣れ」という感覚がある。今いる状況に慣れると、危険が進行していても、″これまで何もなかったから、これから先も大丈夫であろう″と、安易に思い込んでしまいがちである。いや、危険かどうかを考えることさえしなくなってしまうのだ。いわば、感覚の麻痺であり、まさに油断である。
 危機管理とは、まず、自身の、その感覚を打ち破るところから始まるといえよう。
 御書には、「賢人は安きに居て危きを歎き」と記されている。安全なところにいても、常に危険に備えているのが、賢い人間の生き方であるとの御指導だ。
 ゆえに、伸一は、火災をはじめ、さまざまな事故、事件が多発しがちな師走を前に、自分から率先して、本部周辺の建物の点検をしようと決めていたのである。
2  厳護(2)
 山本伸一が、学会本部の隣の建物まで来ると、ちょうど二人の青年が歩いて来た。胸に「G」の字をデザインした金のバッジが光っていた。「牙城会」の青年であった。
 「牙城会」は、学会本部をはじめ、各地の会館の警備などに携わることを任務とした、青年部の人材育成の機関である。
 「『牙城会』のメンバーだね。いつも、ありがとう」
 二人は、東京・杉並区の男子部員で、ちょうど、本部周辺の見回りをしているところであった。
 「これから一緒に、点検して回ろうよ」
 伸一は、先に立って歩きだした。歩きながら、二人の青年の仕事や家族のこと、また、学会の地元組織のことなどを聞いていった。
 仕事も忙しいなか、「牙城会」の任務に就くために、駆けつけて来た丈夫である。
 伸一は、感謝の思いを込めて語った。
 「みんな、大変ななかで頑張ってくれているんだね。ありがたいね。
 でも、広宣流布のため、仏子を守るための活動だもの、その苦労は、すべて大福運となって、自分に返って来るよ。そう信じて戦い抜く人が仏法者だ。また、その人が、最後の勝利者となるんだよ」
 この日は、学会本部での会合はないらしく、行き交う人も、ほとんどいなかった。
 伸一は、建物の窓は開いたままになっていないか、周辺に不審物等がないかなど、丹念に点検しながら、青年たちに言った。
 「『牙城会』には、本部、会館を、学会員を厳然と守る使命がある。それは、私と同じ使命だよ。その使命を果たすんだから、全神経を研ぎ澄ませ、注意力を働かせて、どんな小さなことも、決して見過ごしてはならない。
 注意力というのは、一念によって決まる。″事故につながりそうなことを、絶対に見落とすものか″という、責任感に裏打ちされた祈りが大事なんだ。その祈りによって、己心の諸仏諸天が働き、注意力を高め、智慧をわかせていくからだ」
3  厳護(3)
 山本伸一は、「牙城会」の二人の青年と共に、聖教新聞社に向かいながら、点検作業の基本を語っていった。
 「建物の周囲には、何も置かないことが鉄則だ。特に、新聞紙や雑誌の束などの燃えやすい物は、絶対に置いてはならない。そこに放火されたら、大変なことになるからね」
 伸一は、途中、二階建ての学会の建物に立ち寄ると、館内の収納スペースを点検した。
 「こうした、普段は、あまり開けないところこそ、注意して見ることだ。そのチェックのポイントは、鍵はかかっているのか、不審物がないか、換気扇などが回りっ放しになっていないかなどだよ。
 不審物が、すぐに発見できるためには、整理整頓されていることが大事だ。荷物が散乱していたり、何が入っているかわからない段ボールなどが、無造作に置かれていると、不審物が紛れ込んでも見分けにくくなる。それが危険なんだ。だから、整理整頓の仕方一つを見ても、使っている人の警戒心、責任感がわかるものなんだ」
 それから、伸一は、給湯室の火の始末や、電気の消し忘れはないかなどを、一つ一つ点検して回った。さらに、表の花壇では、木や草の根元まで懐中電灯を照らし、不審物などが隠されていないか、入念に調べた。
 「そこまでやるのかと思うかもしれないが、何かあってからでは遅い。小さなことを見逃さない目が、大事故を防ぐんだよ。
 事故を防ぐには、みんなで、よく検討して、細かい点検の基本事項を決め、それを徹底して行っていくことだ。電車の車掌さんたちも、一つ一つ指を差し、『よし』と言って確認をしているだろ。あの繰り返しのなかに、乗客の安全確保の基本があるからだ。
 そして、基本を定めたら、いい加減にこなすのではなく、魂を込めて励行することだ。形式的になり、注意力が散漫になるのは、油断なんだ。実は、これが怖いんだ」
 ドイツの劇作家ブレヒトは言った。 「惰性は危険である」

1
1