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第24巻 「母の詩」 母の詩

小説「新・人間革命」

前後
1  母の詩(1)
 行動が、社会を変える。
 行動が、時代を変える。
 そして、行動が、未来を開く。
 一九七六年(昭和五十一年)八月末、山本伸一と、アンドレ・マルローとの対談集『人間革命と人間の条件』が潮出版社から発刊された。この本には、フランス文学者で、著名な評論家でもある桑原武夫が寄せた、「実践者の対話」と題する序文が掲載されていた。
 それは、次の言葉で始まっている。
 「これは二人の大実践者の対話である」
 マルローは、『征服者』や『王道』『人間の条件』などの著作をもつ、フランスを代表する作家であり、反植民地運動の支援や、対独レジスタンス運動を展開してきた。さらに、戦後は、ド・ゴール政権下で、文化相など国務大臣を務め、″行動する作家″″戦う知識人″として、よく知られている。
 桑原は、その対談者である伸一にも、鋭い洞察の目を向けてきた。そして、この原稿の中で伸一を、「平和精神の普及と、それによる人類の地球的結合とを説いて全世界に行脚をつづける大実践者」と評している。
 伸一は、過分な賞讃であると思った。しかし、自分が何をめざしているかを、見抜いてくれた″炯眼の士″がいることが、ありがたくもあり、嬉しくもあった。
 マルローは、一九七四年(昭和四十九年)五月に、「モナ・リザ展」のため、フランス政府の特派大使として来日した折、東京・信濃町の聖教新聞社に伸一を訪ねた。その時、二人は、三時間近くにわたって、芸術論、文化論、人間関係論、民主主義の現代的課題、核問題、環境破壊などについて、忌憚ない対話を交わしたのである。
 さらに、翌年五月には、伸一はパリ郊外のマルロー邸に招かれた。日本の針路、当面する世界情勢と二十一世紀の展望、文明論などについて、一時間半にわたって対談した。
 この二度の語らいをまとめたものが、対談集『人間革命と人間の条件』であった。
2  母の詩(2)
 対談でアンドレ・マルローは、山本伸一に、矢継ぎ早に質問を浴びせた。
 創価学会の活動やメンバーについて、また、政治とのかかわりなど、この機会を待っていたかのように、率直に尋ねた。
 マルローが、なぜ、学会へ強い関心をいだいているのか。桑原武夫は「実践者の対話」のなかで、次のように分析している。
 「政治権力によって教団が骨抜きにされてしまった日本とは異なり、宗教が政治権力と拮抗しうる力をもった西欧の知識人は、創価学会にたいして、日本の知識人とは比較にならぬほど強い興味をもっている。トインビーもその一人である」
 マルローは、学会という「ひじょうに有力な組織」が、環境汚染などと闘うことを希望するとともに、伸一が世界のさまざまな危機への問題提起を、重要な国々に行い、そのイニシアチブ(主導権)をとるように勧めている。
 一方、伸一は、そうした行動の必要性も、十分に認識したうえで、人類の平和と繁栄を創造するための土台づくりとして、人間生命のなかに潜むエゴの克服こそ、必要不可欠であると主張した。そして、人間主義、生命主義の哲学と、その実践とが、変革の最重要のカギであると訴えたのである。
 マルローの伸一への期待は、大きかった。
 彼は、かつて西欧で人間形成の役割を果たしてきたのは、偉大な宗教的秩序であったが、今では、それが失われてしまったことを指摘した。そして、伸一に言ったのである。
 「会長は、日本で、この人間形成のための偉大な宗教的秩序という役割を果たすことができます。世界的価値の見本を示すことができましょう」
 世界の現状を、見すえるマルローの眼は鋭かった。その言葉からは、希望的観測は排され、強い危機感が迫ってきた。
 彼は、今日、理想的な国家運営を行っている国は一つもなく、「普遍的理想などというものが、もはやどこにも見あたらなくなってしまった」と嘆息するのである。
3  母の詩(3)
 「二十一世紀について明るい見通しをおもちでしょうか、それとも悲観的にとらえておられますか」という、山本伸一の問いについても、アンドレ・マルローは言う。
 「現在の与件からは、いまだ予想できない」
 そして、そのうえで、こう述べた。
 「まったく別の事態が現れることでしょう。われわれの経験の範囲内では計り知れないほどの現象が。まさに一つの精神革命といっていいものです」
 伸一は、その精神革命の基軸たり得るものこそ、仏法であるとの確信を力説した。
 「仏法は人間生命を究極の対象とした哲理であり、私たちの人間革命運動は、内なる宇宙、つまり自身に内在する創造的生命を自身の手によって開拓する、人間自立の変革作業です。人間が新たな生命的思想の高みに立って二十一世紀を展望し、築き上げていこうという運動です」
 さらに、伸一は、未来を考えるにあたっての、自分の態度を語った。
 「私は未来予測という作業は、未来はどうなるかではなく、未来をどうするか――ということに真の意義があると思います。
 一人ひとりの人間の生きることへの意志が人生の全体に反映され、その時代を彩り、やがて歴史へと投影されていく。新しい道は、こうして開かれていくと信じています。したがって未来は、現在を生きる一人ひとりの胸中にある、さらに日々を生きゆく日常性のなかにあるとみたい」
 未来は、自己自身の胸中の一念にこそある。
 約束されたバラ色の未来などない。そのための努力なくしては、幻想である。また、絶望と暗黒だけの未来もない。それは、戦いを放棄した受動的人間のあきらめの産物だ。
 厳しい現実を直視し、そして、未来に理想を描いて、その実現のために、戦いを起こすのだ。自分の生命の力を信じ、人間の可能性を信じて、全力で奮闘していくのだ。
 人間のもつ、無限なる可能性を引き出していく法理が、仏法なのである。

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