Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第18巻 「前進」 前進

小説「新・人間革命」

前後
1  前進(1)
 創価学会は、まぎれもなく宗教界の王者となった。天にそびえ立つ、堂々たる民衆城となった。
 建物が壮大であればあるほど、一本一本の柱の役割が重要であり、堅牢であらねばならない。
 山本伸一は、学会を永遠ならしめるために、各方面、また、各県、各区を、何があっても微動だにせぬ黄金柱にしなければならないと、深く心に決めていた。
 それゆえに彼は、あの地、この地と、間断なく各地を回り続けた。
 一九七三年(昭和四十八年)十一月十日には、関西から、空路、松山に向かい、四国を訪問したのである。
 四国では、十一日の愛媛県幹部総会、十三日の徳島県幹部総会などへの出席が予定されていた。
 伸一の愛媛訪問は七年七カ月ぶりであり、徳島は一年五カ月ぶりの訪問であった。
 松山空港には、四国青年部長の久米川誠太郎らが迎えに来ていた。
 「とうとう来たよ。さあ、四国の新しい出発だ。全力で大発展のための道を開くからね」
 こう伸一が語りかけると、長身の久米川が体を締めるようにして、深々と頭を下げた。
 「ありがとうございます。みんな、先生のおいでを、待ちに待っておりました」
 「わかっているよ。四国は頑張っているね。全部、聞いています」
 彼のもとには地元の学会員から、数多くの手紙が寄せられていたのだ。
 なかでも伸一が心を動かされたのは、愛媛県で聖教新聞の配達員のメンバーが中心となって、地域への新聞購読の推進に全力を注いできたという報告であった。
 ――五月初め、山本会長が十一月に愛媛を訪問するという話を聞いた配達員の婦人は、配達員会で販売店主に提案した。
 「今日は、私の率直な思いを話させていただきます。
 私は、山本先生が来てくださるから嬉しいと言って喜んでいるだけでは、師匠を迎える弟子の姿ではないと思います。
 『私たちは、こう戦いました』と言える、勝利の結果を出して、先生をお迎えすべきです。
 そこで、学会理解の輪を地域に広げるために、聖教新聞の購読推進を徹底して行ってはどうでしょうか」
2  前進(2)
 別の配達員の婦人も、勢い込んで語った。
 「私も購読推進を目標として掲げ、山本先生をお迎えすべきだと思いますよ。
 聖教を読めば、仏法のことも、学会の正しさもわかる。これは、折伏につながる活動です。
 広宣流布は言論戦であるということは、聖教新聞が勝負ということになります。私たちは、自分で原稿を書くことはできなくても、友人に新聞を購読してもらうことならできます」
 愛媛県では、この年、聖教新聞社の業務担当者や販売店主の間で話し合い、地域広布を進めるために、聖教新聞の外部購読者の拡大を図ることになっていた。
 そこに、配達員のメンバーから、外部購読を大々的に推進しようとの提案があったのだ。
 しかも、多くの配達員が同じ思いであり、決意が一致していたのである。
 こうした尊き意見をもとに、業務担当者や販売店主で、さらに話し合いを重ね、外部購読の推進を徹底して行うことが決議されたのである。
 それが、配達員のメンバーに伝えられると、喜びが爆発した。自ら戦いを起こすことほど、楽しく、闘志を燃え上がらせるものはない。
 「地域中の家を回ってみよう!」
 「愛媛を聖教新聞購読日本一にしよう!」
 これまで、聖教新聞は機関紙なのだから、学会員が購読していれば、それでよいとする風潮があった。
 しかし、愛媛の配達員は、聖教新聞を幅広く購読してもらってこそ、本当の学会理解の輪が広がると確信し、新しき挑戦を開始したのだ。
 ドストエフスキーは、小説の登場人物に、鋭く語らせている。
 「よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです」
 かつて戸田城聖が「日本中、世界中の人に読ませたい」と念願した聖教新聞である。聖教こそ、混迷する社会の羅針盤といってよい。
 そこには、創価学会の真実と正義が、理論と実証のうえから明らかにされている。万人の幸福と世界の平和を実現する、仏法の人間革命の哲理が明確に示されている。
3  前進(3)
 ″無冠の友″たる配達員のメンバーは、誇らかに胸を張り、聖教新聞の購読推進に取り組んでいった。
 ″地域中、愛媛中の人が、聖教新聞を購読する時代をつくろう!″
 それがメンバーの理想であり、誓いであった。
 ある人は、自分が配達を担当している地域の、全世帯、数百軒の人に購読を呼びかけて歩いた。
 しかし、一生懸命に訴えても、聖教新聞を取ろうという人は、最初は誰もいなかった。
 まるで押し売りを追い払うような対応をする人もいれば、なかには「創価学会は嫌いや!」と怒鳴りだす人もいた。
 また、ある人は、すべての友人に、購読を勧めようと思った。
 だが、購読を頼むと、「宗教の新聞なんかいらんよ」と、取り付く島もなかった。
 ″聖教新聞の購読推進は、仏法を教えることにつながるのだから、簡単であるはずがない。
 粘り強く、真心をもって対話を重ねていこう″
 ″無冠の友″は挫けなかった。真剣に唱題し、勇気を奮い起こして厚い壁にぶつかっていった。
 やがて、購読を勧めたことから、悩みを打ち明けられ、仏法対話した結果、喜んで聖教
 新聞を購読し、入会を決意する友人も出始めた。
 そうした奮闘を見て、ほかの同志も、聖教新聞の購読推進に力を入れ始めた。
 皆の地道な努力が実り、月を経るごとに、購読者は飛躍的に拡大していったのである。
 両隣の家が聖教新聞を購読するようになったところ、真ん中の家の人が配達員に言った。
 「今まで、隣近所の手前、よう取らなんだけど、うちも入れてや」
 購読者は、愛媛のあの地、この地に広がり、購読率が地域世帯の三割を超えた地域もあった。
 聖教新聞を購読した人の学会理解の度は確実に深まり、地域広布の土壌が耕されていった。
 アメリカの人権の母ローザ・パークスは、こう訴えている。
 「私が今までに学んだことは、変化を起こすには、まず最初の一歩を踏み出すことを恐れてはいけないということです。
 そうでなければ、変化を起こすことはできません。失敗はただ一つ、やってみないことだと、私は思っています」

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