Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第1巻 「開拓者」 開拓者

小説「新・人間革命」

前後
1  開拓者(1)
 雲を突き抜け、ジェット機は、力強く、大空へ上昇していった。
 眼下には、雲海が広がり、銀翼が、まばゆく太陽に映えていた。
 それは苦悩を突き抜け、悠々と、勝利と歓喜の広布の大空を進み行く、正義の大鷲の姿を思わせた。
 山本伸一の一行が乗ったパン・アメリカン航空二○三便は、十月十八日の午前十時過ぎ、ニューヨークを発ち、ブラジルのサンパウロを目指していた。
 やがて、雲はとぎれ、青く輝く、美しいカリブの海が見えた。
 しかし、しばらくすると海は再び雲に覆われ、搭乗機は激しく揺れ始めた。ハリケーンの影響のようだ。
 その揺れは、疲労の極みにあった伸一の体を、いたく、さいなんだ。
 一行は、サンパウロの模様については、ほとんど知らされていなかった。
 ブラジルの訪問が正式に決定して以来、本部の海外係が現地の連絡の中心者に、何度か手紙を出していたが、いっこうに返事が来ないのである。
 しかし、それも無理はなかった。本部から出した何通かの手紙のうち、メンバーのもとに届いたのは一通であり、それも九月二十日のことであった。
 現地ではすぐに返事を出したが、その手紙が日本に着いた時には、既に山本会長の一行は日本を発っていたのである。
 ともかく、この手紙によって、ブラジルの友は、会長一行の到着の日時と便名だけは知ることができた。会長来伯の朗報は、さっそくメンバーに伝えられた。
 一方、伸一たちは、ブラジルに出発する直前、ニューヨークからも現地に電報を打ったが、その返事もなかった。
 現地の同志は、対応に手間取り、返電がニューヨークに着いたのは、やはり、一行がブラジルに出発した後のことだった。
 ブラジルの状況について、事前に伸一たちに知らされていた情報といえば、全土で、百世帯ほどのメンバーがおり、これまでに何度か座談会も行われてきた、というくらいのことであった。
 ブラジルは、ポルトガル語が公用語であり、機内放送も、ポルトガル語と英語であった。
 もとより、ポルトガル語は、誰もわからなかったし、英語のできる正木永安は、ニューヨークで一行の帰りを待つことになっていた。
 まるで、闇のなかを手探りで進むような、不安の続く心細い旅であったといってよい。
2  開拓者(2)
 憔悴した山本伸一の顔色は、優れなかった。
 隣の座席に座っていた十条潔が、伸一の顔を覗き込むようにして尋ねた。
 「お体の具合は、いかがですか」
 「大丈夫、心配しなくていいよ」
 伸一は、ニッコリと笑ってみせた。
 「キリスト教の宣教師だって、昔から船に何十日も揺られ、言葉も通じない見知らぬ土地に行き、たった一人で布教に励んできた。それを思えば、多少、体調を崩していても、こうして飛行機で行けるんだから、幸せなことだよ」
 「はあ……」
 「ところで、前々から考えていたことだが、ブラジルでは支部を結成しようと思っているのだがね」
 「支部の結成ですか」
 目を大きく見開き、十条が聞き返した。
 「海外で初の支部だ。まだ世帯数は少ないかもしれないが、南米は、北米とは歴史も、文化も、人々の気質も違う。南米全体を一つの独立した地域として考えていく必要がある。ブラジルはその中心になる国だ。
 また、その方が、現地の同志の自覚も高まるし、何より団結も強くなると思うが……」
 十条は、支部の結成に驚いたのではない。
 最悪の体調であるにもかかわらず、激しく揺れ続ける機内で、ブラジルの広布に深い思いをめぐらしていた、伸一の執念ともいうべき使命感に対する驚きであった。
 夕刻、ジェット機は空港に着陸した。周囲にはヤシの木が見える。
 旅行会社からもらった旅程表では、サンパウロ到着は、午後十時四十五分となっていた。したがって、サンパウロではないはずである。
 機内放送で何か説明していたが、ここがどこで、なんのために着陸したのか、一行には、皆目、わからなかった。
 「ここは、いったい、どこなんだろう」
 伸一の後ろの座席に座っていた山平忠平が、キョロキョロしながら、隣の席の秋月英介に聞いた。
 秋月は、周囲の乗客に、カタコトの英語を駆使して話しかけ、場所と着陸の目的を尋ねた。
 五、六回、同じ質問を繰り返して、ようやく相手は、秋月が何を尋ねているのか、わかったようだ。英語で答えが返ってきたが、秋月には、その意味がよくわからなかった。
 それでも、「ポートオブスペイン」と「ガス」と言っていることは、なんとか理解できた。
3  開拓者(3)
 秋月英介は、手荷物のバッグの中から、英語の辞書を出して引いてみた。
 米語では「ガス」に「ガソリン」の意味もある。
 それから、世界地図を取り出し、ポートオブスペインを探した。
 それは、南米大陸のベネズエラの北東沖に浮かぶ、トリニダード島の中心都市であった。
 さっそく、秋月は、前の座席に座っている山本伸一に伝えた。
 「先生、ここは、トリニダード島のポートオブスペインのようです。着陸したのは、おそらく、給油のためではないかと思われます」
 「そうか。ここがトリニダード島か。ヨーロッパでは、コロンブスが″発見″したといわれている有名な島だよ」
 やがて、ジェット機は、ブラジルに向かって、飛び立った。しばらくすると、窓の外は夜の闇に包まれていった。そして、ギアナ高地にさしかかると、機体の揺れは、ますます激しくなってきた。
 乗客のなかには、気分が悪くなったらしく、蒼白な顔色をしている人もいた。
 サンパウロ時間で、午後十一時過ぎ、ジェット機はようやく空港に到着した。
 「やれやれ、とうとうサンパウロに着いたか」
 山平忠平が、こう言って大きなあくびをした。その時、機内放送が流れた。
 英語の放送を聞いて、秋月は、十条潔に言った。
 「今の機内放送は、ここはブラジリアで、何かが故障したために着陸した、と言っているような気がするんですがね」
 「うん、私も、だいたいそんなことを言っていたような感じがするんだ」
 ほどなく、他の乗客が降り始めた。
 伸一たちも降りたが、どこに行けばよいのかも、わからなかった。
 ターミナルビルの前に、空港の係員が立っていた。東洋人の顔である。十条が日本語で尋ねてみた。
 「私たちは、サンパウロまで行くのですが、どの飛行機に乗るのでしょうか」
 係員はニッコリと笑って答えた。
 「それでしたら、隣の飛行機です」
 日本語である。皆、ホッとした。
 今度は、プロペラ機での旅だった。一行がサンパウロに着いたのは、午前一時だった。到着予定時刻より二時間余りの遅れである。ニューヨークとサンパウロの時差は、プラス二時間であり、移動に約十三時間を費やしたことになる。

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