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日蓮大聖人・池田大作

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種種御振舞御書  (15/17) 又今度よせくるならば・いかにも此の国よはよ…
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本よりごせし事なれば三度・国をいさめんに・もちゐずば国をさるべしと、されば同五月十二日にかまくらを・いでて此の山に入る、同十月に大蒙古国よせて壱岐・対馬の二箇国を打ち取らるるのみならず、太宰府もやぶられて少弐入道・大友等ききにげににげ其の外の兵者ども其の事ともなく大体打たれぬ、又今度よせくるならば・いかにも此の国よはよはと見ゆるなり、仁王経には「聖人去る時は七難必ず起る」等云云、最勝王経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に乃至他方の怨賊来りて国人喪乱に遇わん」等云云、仏説まことならば此の国に一定悪人のあるを国主たつとませ給いて善人をあだませ給うにや、大集経に云く「日月明を現ぜず四方皆亢旱す是くの如く不善業の悪王悪比丘我が正法を毀壊せん」云云、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説く、其の王別えずして此の語を信聴せん是を破仏法破国の因縁と為す」等云云、法華経に云く「濁世の悪比丘」等云云、経文まことならば此の国に一定・悪比丘のあるなり、夫れ宝山には曲林をきる大海には死骸をとどめず、仏法の大海・一乗の宝山には五逆の瓦礫・四重の濁水をば入るれども誹謗の死骸と一闡提の曲林をば・をさめざるなり、されば仏法を習わん人・後世をねがはん人は法華誹謗をおそるべし。

皆人をぼするやうは・いかでか弘法・慈覚等をそしる人を用うべきと、他人は・さてをきぬ安房の国の東西の人人は此の事を信ずべき事なり、眼前の現証ありいのもりの円頓房・清澄の西堯房・道義房・かたうみの実智房等はたうとかりし僧ぞかし、此等の臨終はいかんがありけんと尋ぬべし、これらはさてをきぬ、円智房は清澄の大堂にして三箇年が間一字三礼の法華経を我とかきたてまつりて十巻をそらにをぼへ、五十年が間一日一夜に二部づつよまれしぞかし、かれをば皆人は仏になるべしと云云、日蓮こそ念仏者よりも道義房と円智房とは無間地獄の底にをつべしと申したりしが此の人人の御臨終はよく候いけるか・いかに、日蓮なくば此の人人をば仏になりぬ


らんとこそおぼすべけれ、これをもつて・しろしめせ弘法・慈覚等はあさましき事どもはあれども弟子ども隠せしかば公家にもしらせ給はず末の代は・いよいよ・あをぐなり、あらはす人なくば未来永劫までも・さであるべし、拘留外道は八百年ありて水となり、迦毘羅外道は一千年すぎてこそ其の失はあらわれしか。

夫れ人身をうくる事は五戒の力による、五戒を持てる者をば二十五の善神これをまほる上同生同名と申して二つの天生れしよりこのかた左右のかたに守護するゆへに失なくて鬼神あだむことなし、しかるに此の国の無量の諸人なげきを・なすのみならず、ゆきつしまの両国の人・皆事にあひぬ太宰府又申すばかりなし、此の国はいかなるとがのあるやらん・しらまほほしき事なり、一人・二人こそ失も・あるらめ・そこばくの人人いかん、これひとへに法華経をさぐる弘法・慈覚・智証等の末の真言師・善導・法然が末の弟子等・達磨等の人人の末の者ども国中に充満せり、故に梵釈・四天等の法華経の座の誓状のごとく頭破作七分の失にあてらるるなり。

疑つて云く法華経の行者をあだむ者は頭破作七分ととかれて候に・日蓮房をそしれども頭もわれぬは日蓮房は法華経の行者にはあらざるかと申すは道理なりとをぼへ候はいかん、答えて云く日蓮を法華経の行者にてなしと申さば法華経をなげすてよとかける法然等・無明の辺域としるせる弘法大師・理同事勝と宣たる善無畏・慈覚等が法華経の行者にてあるべきか、又頭破作七分と申す事はいかなる事ぞ刀をもてきるやうにわるるとしれるか、経文には如阿梨樹枝とこそとかれたれ、人の頭に七滴あり七鬼神ありて一滴食へば頭をいたむ三滴を食へば寿絶えんとす七滴皆食えば死するなり、今の世の人人は皆頭阿梨樹の枝のごとくに・われたれども悪業ふかくして・しらざるなり、例せばてをおいたる人の或は酒にゑい或はねいりぬれば・をぼえざるが如し、又頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して頂の皮の底にある骨のひびたふるなり、死ぬる時は・わるる事もあり、今の世の人人は去ぬる正嘉の大地震・文永の大彗星に皆頭われて候なり、其の頭のわれし時せひせひやみ・五臓の損ぜし時あかき


腹をやみしなり、これは法華経の行者をそしりしゆへにあたりし罰とはしらずや。

されば鹿は味ある故に人に殺され亀は油ある故に命を害せらる女人はみめ形よければ嫉む者多し、国を治る者は他国の恐れあり財有る者は命危し法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり、此の魔王疫病の神の目にも見えずして人に付き候やうに古酒に人の酔い候如く国主父母妻子に付きて法華経の行者を嫉むべしと見えて候、少しも違わざるは当時の世にて候、日蓮は南無妙法蓮華経と唱うる故に二十余年所を追はれ二度まで御勘気を蒙り最後には此の山にこもる、此の山の体たらくは西は七面の山・東は天子のたけ北は身延の山・南は鷹取の山・四つの山高きこと天に付き・さがしきこと飛鳥もとびがたし、中に四つの河あり所謂・富士河・早河・大白河・身延河なり、其の中に一町ばかり間の候に庵室を結びて候、昼は日をみず夜は月を拝せず冬は雪深く夏は草茂り問う人希なれば道をふみわくることかたし、殊に今年は雪深くして人問うことなし命を期として法華経計りをたのみ奉り候に御音信ありがたく候、しらず釈迦仏の御使か過去の父母の御使かと申すばかりなく候、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。