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日蓮大聖人・池田大作

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曾谷殿御返事  (4/6) 身の力・心のはかり事・先先には百千万ばいこ…
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白馬一時に悦びなきけり、大王の御いろ・なをること日しよくの・ほんにふくするがごとし、身の力・心のはかり事・先先には百千万ばいこへたり、きさきも・よろこび大臣公卿いさみて万民もたな心をあはせ他国も・かうべをかたぶけたりとみへて候。

今のよも又是にたがうべからず、天神七代・地神五代・已上十二代は成劫のごとし・先世のかいりきと福力とによつて今生のはげみなけれども国もおさまり人の寿命も長し、人王のよとなりて二十九代があひだは先世のかいりきも・すこしよはく今生のまつり事もはかなかりしかば国にやうやく三災・七難をこりはじめたり、なを・かんどより三皇五帝の世を・をさむべきふみわたりしかば其をもつて神をあがめて国の災難をしづむ、人王第三十代欽明天王の世となりて国には先世のかいふくうすく悪心がうじやうの物をほく出来て善心をろかに悪心はかしこし、外典のをしへはあさしつみもをもきゆへに外典すてられ内典になりしなり、れいせばもりやは日本の天神七代・地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて仏教をひろめずして・もとの外典となさんといのりき、聖徳太子は教主釈尊を御本尊として法華経・一切経をもんしよとして両方のせうぶありしに・ついには神はまけ仏はかたせ給いて神国はじめて仏国となりぬ、天竺・漢土の例のごとし、今此三界・皆是我有の経文あらはれさせ給うべき序なり、欽明より桓武にいたるまで二十よ代・二百六十余年が間・仏を大王とし神を臣として世ををさめ給いしに仏教はすぐれ神はをとりたりしかども未だよをさまる事なし。

いかなる事にやと・うたがはりし程に桓武の御宇に伝教大師と申す聖人出来して勘えて云く神はまけ仏はかたせ給いぬ、仏は大王・神は臣かなれば上下あひついで・れいぎただしければ国中をさまるべしと・をもふに国のしづかならざる事ふしんなるゆへに一切経をかんがへて候へば道理にて候けるぞ、仏教に・をほきなるとがありけり、一切経の中に法華経と申す大王をはします、ついで華厳経・大品経・深密経・阿含経等はあるいは臣の位あるい


はさふらいのくらい・あるいはたみの位なりけるを或は般若経は法華経にはすぐれたり三論宗・或は深密経は法華経にすぐれたり法相宗・或は華厳経は法華経にすぐれたり華厳宗・或は律宗は諸宗の母なりなんど申して一人として法華経の行者なし、世間に法華経を読誦するは還つてをこつき・うしなうなり、「之に依つて天もいかり守護の善神も力よはし」云云、所謂「法華経を・ほむといえども返つて法華の心をころす」等云云、南都七大寺・十五大寺・日本国中の諸寺諸山の諸僧等・此のことばを・ききて・をほきにいかり天竺の大天・漢土の道士・我が国に出来せり所謂最澄と申す小法師是なり、せんする所は行きあはむずる処にてかしらをわれ・かたをきれ・をとせ・うてのれと申せしかども桓武天皇と申す賢王たづね・あきらめて六宗はひが事なりけりとて初めてひへい山をこんりうして天台法華宗とさだめをかせ円頓の戒を建立し給うのみならず、七大寺・十五大寺の六宗の上に法華宗をそへをかる、せんする所・六宗を法華経の方便となされしなり、れいせば神の仏にまけて門まほりとなりしがごとし、日本国も又又かくのごとし法華最第一の経文初めて此の国に顕れ給い能竊為一人・説法華経の如来の使初めて此の国に入り給いぬ、桓武・平城・嵯峨の三代・二十余年が間は日本一州・皆法華経の行者なり、しかれば栴檀には伊蘭・釈尊には提婆のごとく伝教大師と同時に弘法大師と申す聖人・出現せり、漢土にわたりて大日経・真言宗をならい日本国にわたりて・ありしかども伝教大師の御存生の御時はいたう法華経に大日経すぐれたりといふ事はいはざりけるが、伝教大師去ぬる弘仁十三年六月四日にかくれさせ給いてのち・ひまをえたりとや・をもひけん、弘法大師去ぬる弘仁十四年正月十九日に真言第一・華厳第二・法華第三・法華経は戯論の法・無明の辺域・天台宗等は盗人なりなんど申す書どもをつくりて、嵯峨の皇帝を申しかすめたてまつりて七宗に真言宗を申しくはえて七宗を方便とし真言宗は真実なりと申し立て畢んぬ。

其の後・日本一州の人ごとに真言宗になりし上・其の後又伝教大師の御弟子・慈覚と申す人・漢土にわたりて天台


真言の二宗の奥義をきはめて帰朝す、此の人・金剛頂経・蘇悉地経の二部の疏をつくりて前唐院と申す寺を叡山に申し立て畢んぬ、此れには大日経第一・法華経第二・其の中に弘法のごとくなる過言かずうべからず、せむぜむに・せうせう申し畢んぬ、智証大師又此の大師のあとをついで・をんじやう寺に弘通せり、たうじ寺とて国のわざはいとみゆる寺是なり、叡山の三千人は慈覚・智証をはせずば真言すぐれたりと申すをば・もちいぬ人もありなん、円仁大師に一切の諸人くちをふさがれ心をたぼらかされて・ことばをいだす人なし、王臣の御きえも又伝教・弘法にも超過してみへ候へば・えい山・七寺・日本一州・一同に法華経は大日経にをとりと云云、法華経の弘通の寺寺ごとに真言ひろまりて法華経のかしらとなれり、かくのごとくしてすでに四百余年になり候いぬ、やうやく此の邪見ぞうじやうして八十一乃至五の五王すでにうせぬ仏法うせしかば王法すでにつき畢んぬ。

あまつさへ禅宗と申す大邪法・念仏宗と申す小邪法・真言と申す大悪法・此の悪宗はなをならべて一国にさかんなり、天照太神はたましいをうしなつて・うぢごをまほらず八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず・けつくは他国の物とならむとす、日蓮此のよしを見るゆへに仏法中怨・倶堕地獄等のせめをおそれて粗国主にしめせども、かれらが邪義にたぼらかされて信じ給う事なし還つて大怨敵となり給いぬ法華経をうしなふ人・国中に充満せりと申せども人しる事なければただぐちのとがばかりにてある事今は又法華経の行者出来せり日本国の人人癡の上にいかりををこす邪法をあいし正法をにくむ、三毒がうじやうなる一国いかでか安穏なるべき、壊劫の時は大の三災をこる、いはゆる火災・水災・風災なり、又減劫の時は小の三災をこる、ゆはゆる飢渇・疫病・合戦なり、飢渇は大貪よりをこり・やくびやうは・ぐちよりをこり・合戦は瞋恚よりをこる、今日本国の人人四十九億九万四千八百二十八人の男女人人ことなれども同じく一の三毒なり、所謂南無妙法蓮華経を境としてをこれる三毒なれば人ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にのりせめ流しうしなうなり、是れ即ち小の三災の序なり。