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日蓮大聖人・池田大作

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諫暁八幡抄  (1/13) 此の時仏出現し給いて仏教と申す薬を天と人と…
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諫暁八幡抄

夫れ馬は一歳二歳の時は設いつがいのびまろすねにすねほそくうでのびて候へども病あるべしとも見えず、而れども七八歳なんどになりて身もこへ血ふとく上かち下をくれ候へば小船に大石をつめるがごとく小き木に大なる菓のなれるがごとく多くのやまい出来して人の用にもあわず力もよわく寿もみじかし、天神等も又かくのごとし成劫の始には先生の果報いみじき衆生生れ来る上・人の悪も候はねば身の光もあざやかに心もいさぎよく日月のごとくあざやかに師子象のいさみをなして候いし程に成劫やうやくすぎて住劫になるままに前の天神等は年かさなりて下旬の月のごとし今生れ来れる天神は果報衰減し下劣の衆生多分は出来す、然る間一天に三災やうやくをこり四海に七難粗出現せしかば一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。

此の時仏出現し給いて仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給いしかば燈に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく天神等還つて威光をまし勢力を増長せし事成劫のごとし仏教に又五味のあぢわひ分れたり在世の衆生は成劫ほどこそなかりしかども果報いたうをとろへぬ衆生なれば五味の中に何の味をもなめて威光勢力をもまし候き、仏滅度の後正像二千年過て末法になりぬれば本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて身もつかれ心もよはくなり又今生れ来る天人・修羅等は或は小果報或は悪天人等なり、小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服すれども老人に麤食をあたへ高人に麦飯等を奉るがごとし、而るを当世此を弁えざる学人等古にならいて日本国の一切の諸神等の御前にして阿含経・方等・般若・華厳・大日経等を法楽し倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・禅等の僧を護持の僧とし給える唯老人に麤食を与へ小児に強飯をくくめるがごとし、何に況や今の小乗経と小乗


宗と大乗経と大乗宗とは古の小大乗の経宗にはあらず、天竺より仏法・漢土へわたりし時・小大の経経は金言に私言まじはれり、宗宗は又天竺・漢土の論師・人師或は小を大とあらそい或は大を小という或は小に大をかきまじへ或は大に小を入れ或は先きの経を後とあらそい或は後を先とし或は先を後につけ或は顕経を密経といひ密経を顕経という譬へば乳に水を入れ薬に毒を加うるがごとし、涅槃経に仏・未来を記して云く「爾の時に諸の賊醍醐を以ての故に之に加うるに水を以てす水を以てする事多きが故に乳酪醍醐一切倶に失す」等云云、阿含小乗経は乳味のごとし方等・大集経・阿弥陀経・深密経・楞伽経・大日経等は酪味のごとし、般若経等は生蘇味の如く華厳経等は熟蘇味の如く法華・涅槃経等は醍醐味の如し、設い小乗経の乳味なりとも仏説の如くならば争でか一分の薬とならざるべき、況や諸の大乗経をや何に況や法華経をや。

然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり其の中に羅什三蔵一人を除きて前後の一百八十六人は純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり、此の理を弁へざる一切の人師末学等設い一切経を読誦し十二分経を胸に浮べたる様なりとも生死を離る事かたし又現在に一分のしるしある様なりとも天地の知る程の祈とは成る可からず魔王・魔民等・守護を加えて法に験の有様なりとも終には其の身も檀那も安穏なる可からず譬ば旧医の薬に毒を雑へて・さしをけるを旧医の弟子等・或は盗み取り或は自然に取りて人の病を治せんが如しいかでか安穏なるべき、当世日本国の真言等の七宗並に浄土・禅宗等の諸学者等、弘法・慈覚・智証等の法華経最第一の醍醐に法華第二・第三等の私の水を入れたるを知らず仏説の如くならば・いかでか一切倶失の大科を脱れん、大日経は法華経より劣る事七重なり而るを弘法等・顛倒して大日経最第一と定めて日本国に弘通せるは法華経一分の乳に大日経七分の水を入れたるなり水にも非ず乳にも非ず大日経にも非ず法華経にも非ず而も法華経に似て大日経に似たり大覚世尊此の事を涅槃経に記して云く「我が滅後に於て正法将に滅尽せんと欲す爾の時に多く悪を行ずる比丘有ら


ん、乃至牧牛女の如く乳を売るに多利を貪らんと欲するを為ての故に二分の水を加う、乃至此の乳水多し、爾の時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし、是の時に当に諸の悪比丘有て是の経を鈔略し分て多分と作し能く正法の色香美味を滅すべし、是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除せん、乃至前を鈔て後に著け後を鈔て前に著け前後を中に著け中を前後に著けん当に知るべし是くの如きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり」等云云。

今日本国を案ずるに代始まりて已に久しく成りぬ旧き守護の善神は定めて福も尽き寿も減じ威光勢力も衰えぬらん、仏法の味をなめてこそ威光勢力も増長すべきに仏法の味は皆たがひぬ齢はたけぬ争でか国の災を払い氏子をも守護すべき、其の上謗法の国にて候を氏神なればとて大科をいましめずして守護し候へば仏前の起請を毀る神なり、しかれども氏子なれば愛子の失のやうに・すてずして守護し給いぬる程に法華経の行者をあだむ国主・国人等を対治を加えずして守護する失に依りて梵釈等のためには八幡等は罰せられ給いぬるか此事は一大事なり秘すべし秘すべし、有る経の中に仏・此の世界と他方の世界との梵釈・日月・四天・竜神等を集めて我が正像末の持戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が人王・人民等の身に入りて悩乱せんを見乍ら聞き乍ら治罰せずして須臾もすごすならば必ず梵釈等の使をして四天王に仰せつけて治罰を加うべし、若し氏神・治罰を加えずば梵釈・四天等も守護神に治罰を加うべし梵釈又かくのごとし、梵釈等は必ず此の世界の梵釈・日月・四天等を治罰すべし、若し然らずんば三世の諸仏の出世に漏れ永く梵釈等の位を失いて無間大城に沈むべしと釈迦多宝十方の諸仏の御前にして起請を書き置れたり。

今之を案ずるに日本小国の王となり神となり給うは小乗には三賢の菩薩・大乗には十信・法華には名字五品の菩薩なり、何なる氏神有りて無尽の功徳を修すとも法華経の名字を聞かず一念三千の観法を守護せずんば退位の菩