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日蓮大聖人・池田大作

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観心本尊得意抄  (2/2) 所詮成仏の大綱を法華に之を説き其の余の網目…
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網目なるが故に、所詮成仏の大綱を法華に之を説き其の余の網目は衆典に之を明す、法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ゆ可きなり、其の上法華経にて実義有る可きを爾前の経にして名字計りののしる事全く法華の為なり、然る間尤も法華の証文となるべし。

問う法華を大綱とする証如何、答う天台は当に知るべし此の経は唯如来説教の大綱を論じて網目を委細にせざるなりと、問う爾前を網目とする証如何、答う妙楽の云く「皮膚毛綵衆典に出在せり」云云、問う成仏は法華に限ると云う証如何、答う経に云く「唯一乗の法のみ有て二も無く亦三も無し」文問う爾前は法華の為との証如何答う経に云く「種種の道を示すと雖も仏乗の為なり」委細申し度く候と雖も心地違例して候程に省略せしめ候、恐恐謹言。

  十一月二十三日                   日蓮花押

   富木殿御返事

帥殿の物語りしは下総に目連樹と云う木の候よし申し候し、其の木の根をほりて十両ばかり両方の切目には焼金を宛てて紙にあつく・つつみて風ひかぬ様にこしらへて大夫次郎が便宜に給び候べきよし御伝えあるべく候。


聖人知三世事

                    建治元年 五十四歳御作

                    与 富木常忍

聖人と申すは委細に三世を知るを聖人と云う、儒家の三皇・五帝並びに三聖は但現在を知つて過・未を知らず外道は過去八万・未来八万を知る一分の聖人なり、小乗の二乗は過去・未来の因果を知る外道に勝れたる聖人なり、小乗の菩薩は過去三僧祇菩薩、通教の菩薩は過去に動踰塵劫を経歴せり、別教の菩薩は一一の位の中に多倶低劫の過去を知る、法華経の迹門は過去の三千塵点劫を演説す一代超過是なり、本門は五百塵点劫・過去遠遠劫をも之を演説し又未来無数劫の事をも宣伝し、之に依つて之を案ずるに委く過未を知るは聖人の本なり、教主釈尊既に近くは去つて後三月の涅槃之を知り遠くは後五百歳・広宣流布疑い無き者か、若し爾れば近きを以て遠きを推し現を以て当を知る如是相乃至本末究竟等是なり。

後五百歳には誰人を以て法華経の行者と之を知る可きや予は未だ我が智慧を信ぜず然りと雖も自他の返逆・侵逼之を以て我が智を信ず敢て他人の為に非ず又我が弟子等之を存知せよ日蓮は是れ法華経の行者なり不軽の跡を紹継するの故に軽毀する人は頭七分に破・信ずる者は福を安明に積まん、問うて云く何ぞ汝を毀る人頭破七分無きや、答えて云く古昔の聖人は仏を除いて己外之を毀る人・頭破但一人二人なり今日蓮を毀呰する事は非一人二人に限る可らず日本一国・一同に同じく破るるなり、所謂正嘉の大地震・文永の長星は誰か故ぞ日蓮は一閻浮提第一の聖人なり、上一人より下万民に至るまで之を軽毀して刀杖を加え流罪に処するが故に梵と釈と日月・四天と隣国に仰せ付けて之を逼責するなり、大集経に云く・仁王経に云く・涅槃経に云く・法華経に云く・設い万祈を作すとも日蓮を用いずんば必ず此の国今の壱岐・対馬の如くならん、我が弟子仰いで之を見よ此れ偏に日蓮が貴尊な


るに非ず法華経の御力の殊勝なるに依るなり、身を挙ぐれば慢ずと想い身を下せば経を蔑る松高ければ藤長く源深ければ流れ遠し、幸なるかな楽しいかな穢土に於て喜楽を受くるは但日蓮一人なる而已。

富木尼御前御返事

                    建治二年 五十五歳御作

鵞目一貫並びにつつひとつ給い候い了んぬやのはしる事は弓のちから・くものゆくことはりうのちから、をとこのしわざはめのちからなり、いまときどののこれへ御わたりある事尼ごぜんの御力なり、けぶりをみれば火をみるあめをみればりうをみる、をとこをみればめをみる、今ときどのにけさんつかまつれば尼ごぜんをみたてまつるとをぼう、ときどのの御物がたり候はこのはわのなげきのなかにりんずうのよくをはせしと尼がよくあたりかんびやうせし事のうれしさいつのよにわするべしともをぼえずと・よろこばれ候なり、なによりもおぼつかなき事は御所労なり、かまえてさもと三年はじめのごとくにきうじせさせ給へ、病なき人も無常まぬかれがたし但しとしのはてにはあらず、法華経の行者なり非業の死にはあるべからずよも業病にては候はじ、設い業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて四十年の命をのべ陳臣は十五年の命をのべたり、尼ごぜん又法華経の行者なり御信心月のまさるがごとく・しをのみつがごとし、いかでか病も失せ寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし身を持し心に物をなげかざれ、なげき出来る時はゆきつしまの事だざひふの事かまくらの人人の天の楽・のごとにありしが、当時つくしへむかへばとどまるめこゆくをとこ、はなるるときはかわをはぐがごとくかをと・かをとをとりあわせ目と目とをあわせてなげきしが、次第にはなれてゆいのはま・いなぶらこしごえさかわはこねさか一日二日すぐるほどに、あゆみあゆみとをざかるあゆみをかわも山もへだて雲もへだつればうちそ