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日蓮大聖人・池田大作

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御義口伝巻上  (36/43) 提婆は妙法蓮華経の別名なり過去の時に阿私仙…
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て妙法と曰うと、戒とは色法なり定とは心法なり慧とは色心二法の振舞なり、倶の字は南無妙法蓮華経の一念三千なり伝とは末法万年を指すなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉り権教は無得道・法華経は真実と修行する是は戒なり防非止悪の義なり、持つ所の行者・決定無有疑の仏体と定む是は定なり、三世の諸仏の智慧を一返の題目に受持する是は慧なり、此の三学は皮肉骨・三身・三諦・三軌・三智等なり。

       提婆達多品八箇の大事

第一 提婆達多の事

文句の八に云く本地は清凉にして迹に天熱を示すと。

御義口伝に云く提婆とは本地は文殊なり、本地清凉と云うなり迹には提婆と云うなり天熱を示す是なり、清凉は水なり此れは生死即涅槃なり天熱は火なり是は煩悩即菩提なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るに煩悩即菩提生死即涅槃なり、提婆は妙法蓮華経の別名なり過去の時に阿私仙人なり阿私仙人とは妙法の異名なり阿とは無の義なり私無きの法とは妙法なり、文句の八に云く無私法を以て衆生に灑ぐと云えり阿私仙人とは法界三千の別名なり故に私無きなり一念三千之を思う可し云云。

第二 若不違我当為宣説の事

御義口伝に云く妙法蓮華経を宣説する事を汝は我に違わずして宣説すべしと云う事なり、若の字は汝なり、天台の云く「法を受けて奉行す」と、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は日蓮に違わずして宣説す可きなり阿私仙人とは南無妙法蓮華経なり云云。

第三 採菓汲水拾薪設食の事


御義口伝に云く採菓とは癡煩悩なり汲水とは貪煩悩なり拾薪とは瞋煩悩なり設食とは慢煩悩なり、此の下に八種の給仕之れ有り此の外に妙法蓮華経の伝受之れ無きなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは即ち千歳給仕なり是れ即ち一念三千なり貪瞋癡慢を対治するなり。

第四 情存妙法故身心無懈倦の事

御義口伝に云く身心の二字色心妙法と伝受するなり、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて即身成仏す身心無倦とは一念三千なり云云。

第五 我於海中唯常宣説の事

御義口伝に云く我とは文殊なり海とは生死の海なり唯とは唯有一乗法なり常とは常住此説法なり妙法蓮華経とは法界の言語音声なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る是なり、生死の海即真如の大海なり我とは法界の智慧なり文殊なり云云。

第六 年始八歳の事

御義口伝に云く八歳とは八巻なり提婆は地獄界なり竜女は仏界なり然る間十界互具百界千如一念三千なり、又云く八歳とは法華経八巻なり我等八苦の煩悩なり、惣じて法華経の成仏は八歳なりと心得可し八苦即八巻なり八苦八巻即八歳の竜女と顕るるなり一義に云く、八歳の事はたまをひらくと読むなり、歳とは竜女の一心なり八とは三千なり三千とは法華の八巻なり、仍つて八歳とは開仏知見の所表なり智慧利根より能至菩提まで法華に帰入するなり、此の中に心念口演とは口業なり志意和雅とは意業なり悉能受持深入禅定とは身業なり三業即三徳なれば三諦法性なり、又云く心念とは一念なり口演とは三千なり悉能受持とは竜女法華経受持の文なり、歳とは如意宝珠なり妙法なり八とは色心を妙法と開くなり。


第七 言論未訖の事

御義口伝に云く此の文は無明即法性の明文なり、其の故は智積難問の言未だ訖らざるに竜女三行半の偈を以て答うるなり、難問の意は別教の意なり無明なり竜女の答は円教の意なり法性なり、智積は元品の無明なり竜女は法性の女人なり仍て無明に即する法性法性に即する無明なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは言論未訖なり、時とは上の事の末末の事の始なり時とは無明法性同時の時なり南無妙法蓮華経と唱え奉る時なり、智積菩薩を元品の無明と云う事は不信此女の不信の二字なり不信とは疑惑なり疑惑を根本無明と云うなり、竜女を法性と云う事は我闡大乗教の文なり竜女とは竜は父なり女は八歳の娘なり竜女の二字は父子同時の成仏なり、其の故は時竜王女の文是なり既に竜王の女と云う間竜王は父なり女とは八歳の子なり、されば女の成仏は此の品にあり父の竜の成仏は序品に之れ在り、有八竜王の文是なり、然りと雖も父子同時の成仏なり序品は一経の序なる故なり、又聞成菩提とは竜女が智積を責めたる言なりされば唯我が成仏をば仏御存知あるべしとて又聞成菩提唯仏当証知と云えり苦の衆生とは別して女人の事なり、此の三行半の偈は一念三千の法門なり遍照於十方とは十界なり、殊には此の八歳の竜女の成仏は帝王持経の先祖たり、人王の始は神武天皇なり神武天皇は地神五代の第五の鵜萱葺不合尊の御子なり此の葺不合尊は豊玉姫の子なり此の豊玉姫は沙竭羅竜王の女なり八歳の竜女の姉なり、然る間先祖法華経の行者なり甚深甚深云云、されば此の提婆の一品は一天の腰刀なり無明煩悩の敵を切り生死愛着の繩を切る秘法なり、漢高三尺の剣も一字の智剣に及ばざるなり妙の一字の智剣を以て生死煩悩の繩を切るなり、提婆は火炎を顕し竜女は大蛇を示し文殊は智剣を顕すなり仍つて不動明王の尊形と口伝せり、提婆は我等が煩悩即菩提を顕すなり、竜女は生死即涅槃を顕すなり、文殊をば此