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日蓮大聖人・池田大作

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兵衛志殿御返事 
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兵衛志殿女房御返事

兵衛志殿女房絹片裏給い候、此の御心は法華経の御宝前に申し上げて候、まこととはをぼへ候はねども此の御房たちの申し候は御子どもはなし・よにせけんふつふつと・をはすると申され候こそなげかしく候へどもさりともとをぼしめし候へ、恐恐。

  十一月廿五日                    日蓮在御判

   兵衛志殿女房御返事

兵衛志殿御返事

我が法華経も本迹和合して利益を無量にあらはす、各各二人又かくのごとし二人同心して大御所・守殿・法華堂・八幡等つくりまいらせ給うならば此れは法華経の御利生とをもわせ給わざるべき、二人一同の儀は車の二つのわの如し鳥の二つの羽のごとし、設い妻子等の中のたがわせ給うとも二人の御中・不和なるべからず、恐れ候へども日蓮をたいとしとをもひあわせ給へ、もし中不和にならせ給うならば二人の冥加いかんがあるべかるらめと思しめせ、あなかしこあなかしこ、各各みわきかたきもたせ給いたる人人なり、内より論出来れば鷸蚌の相扼も漁夫のをそれ有るべし、南無妙法蓮華経と御唱えつつしむべし・つつしむべし、恐恐。

  十一月十二日                    日蓮在御判

   ひやうえの志殿御返事


四条金吾女房御書

懐胎のよし承り候い畢んぬ、それについては符の事仰せ候、日蓮相承の中より撰み出して候・能く能く信心あるべく候、たとへば秘薬なりとも毒を入れぬれば薬の用すくなし、つるぎなれども・わるびれたる人のためには何かせん、就中夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ、色心二法をつぐ人なり争か・をそなはり候べき、とくとくこそ・うまれ候はむずれ、此の薬をのませ給はば疑いなかるべきなり、闇なれども灯入りぬれば明かなり濁水にも月入りぬればすめり、明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり、信心の水すまば利生の月・必ず応を垂れ守護し給うべし、とくとくうまれ候べし法華経に云く「如是妙法」又云く「安楽産福子」云云、口伝相承の事は此の弁公にくはしく申しふくめて候・則如来の使なるべし返す返すも信心候べし。

天照太神は玉を・そさのをのみことにさづけて玉の如くの子をまふけたり、然る間日の神・我が子となづけたり、さてこそ正哉吾勝とは名けたれ、日蓮うまるべき種をさづけて候へば争か我が子にをとるべき、「有一宝珠価直三千」等、「無上宝聚不求自得・釈迦如来皆是吾子」等云云、日蓮あに此の義にかはるべきや、幸なり幸なりめでたしめでたし・又又申すべく候、あなかしこあなかしこ。

  文永八年五月七日   日蓮花押

   四条金吾殿女房御返事


月満御前御書

                    文永八年五月 五十歳御作

若童生れさせ給いし由承り候・目出たく覚へ候、殊に今日は八日にて候、彼れと云い此れと云い所願しをの指すが如く春の野に華の開けるが如し、然れば・いそぎいそぎ名をつけ奉る月満御前と申すべし、其の上此の国の主八幡大菩薩は卯月八日にうまれさせ給ふ娑婆世界の教主釈尊も又卯月八日に御誕生なりき、今の童女又月は替れども八日にうまれ給ふ釈尊八幡のうまれ替りとや申さん、日蓮は凡夫なれば能くは知らず是れ併しながら日蓮が符を進らせし故なり、さこそ父母も悦び給うらん、殊に御祝として餅・酒・鳥目一貫文・送り給び候い畢んぬ是また御本尊・十羅刹に申し上げて候、今日の仏生れさせまします時に三十二の不思議あり此の事周書の異記と云う文にしるし置けり。

釈迦仏は誕生し給いて七歩し口を自ら開いて「天上天下唯我独尊・三界皆苦我当度之」の十六字を唱へ給ふ、今の月満御前はうまれ給いて・うぶごゑに南無妙法蓮華経と唱へ給ふか、法華経に云く「諸法実相」天台の云く「声為仏事」等云云、日蓮又かくの如く推し奉る、譬えば雷の音・耳しいの為に聞く事なく日月の光り目くらの為に見る事なし、定めて十羅刹女は寄り合うて・うぶ水をなで養ひ給うらん・あらめでたや・あらめでたや御悦び推量申し候、念頃に十羅刹女・天照太神等にも申して候、あまりの事に候間委くは申さず、是より重ねて申すべく候、穴賢穴賢。

                            日蓮花押

   四条金吾殿御返事